第23話 俺、そんなにヤバいの?

「なんというか、ルッツがこんな凄い子だったなんて、知らなかったわあ。」

「ほんとよね、来年のスタッドブック筆頭かも知れないわよ?」


 まだ事態が飲み込めていない俺を、母さんと姉さんが皮肉まじりに賞賛してくれる。二人の顔に「これから大変なことになるぞ、覚悟はいいか?」と書いてある気がする。


「おまけに『闇の一族』から忠誠を誓われるとか、もうびっくりだよね!」

「そうそう、王室にしかまつろわぬと言われているのに……」


 ジーク兄さんまで、とどめをぶっ刺してきた。そう、アヤカさんの一族が、俺の命令することなら何でもやりますとか、恐るべき約束をしてくれたんだ。闇の一族が「何でもやる」っていうのは、やっぱり暗殺とか誘拐とか、そういうアレだよな……実際のところ、彼らは一族に安住の地を与えてくれた王室のために、そんな裏の御用を今でも黙々と務めているのだけど。


 彼らははるか昔、東の国から追われてきたという。その特殊な体術と闇魔法を武器に、裏の仕事を請け負って糊口を凌ぎつつ数代を経てこの国までたどり着き、ようやく王の保護を受けることができたけれど……一族が誇りとする「闇の魔力」は、徐々に弱くなってきていたのだとか。おそらくもともと「闇」属性の者がほとんどいなかった西の民との混血が進んだためなのだろう。


 そんな中で、一族の中で最も強いAクラスの「闇」魔力を持つアヤカさんが、俺を見つけたのだという。どういう仕組みなんだかは分からないが、本能的な何かで「この人なら闇の力を高め、次代に受け継がせてくれる」というのがわかったのだそうだ。かくして闇の一族が動員され、俺の「洗礼」がいつになるかを探り、闇属性のお相手がいなくなるよう工作し……しれっとアヤカさんが立候補したということなんだとか。だけど魔力Sが生まれることまでは予想していなかったそうで、族長さんの感動はひとしお大きく……なぜか忠誠の誓いを捧げられる羽目になってしまったんだよなあ。


 そうそう、彼女たちの極めて昔の日本っぽい文化では、子供の名付け親を一族以外に頼むということは、服属意志を表明するということみたいで……それを受けてホイホイ名付けなんぞやってしまった俺が、うかつだったということらしい。まあ、母さんは闇の一族になにやら頼みたいことがあったりするらしいので、あえて黙っていることにする。


 族長さんは、カオリと名付けた子が五歳になったらその座をアヤカさんに譲ると宣言した。そしてカオリはその後継者……いつの間にか、俺って未来の族長の父ってことになっちゃってるんだなあ、なんだか気が重い。


「まあ、私が引退するまでまだ五年もある。それまでにあと二人くらいは……」


 族長さんの不気味なつぶやきは、聞かなかったことにしよう。


 そしてさっきまで大騒ぎしていた血統協会の鑑定員は、慌ててどこかにダッシュしていった。行き先は多分……


「はあ〜っ。もう今頃、この結果が陛下に御注進されているんでしょうね。きっと近々、王宮に出頭を命じられるでしょう、覚悟しておきなさいね?」


 母さんの言葉は正しかった。俺たちが伯爵家に帰ると、そこにはもう王宮からの使者が待ち構えていたのだ。ただ、お召しの日は「近々」ではなく「即刻出頭せよ!」であったのだが。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 取るものもとりあえず、俺は母さんに引っ張られて王宮に直行した。もう晩餐の時間にもなろうというのに、俺たちが着いた途端女王陛下に謁見がかなったのには驚いたが、それはこれから下される命令が、ろくでもないものだと言うことを示しているとしか思えないなあ。


 玉座に身を沈め、羽扇で顔を隠した女王陛下の表情は、読めない。俺と母さんが礼を施したあとも、しばらくはお言葉も発せず、なにか考えておられるようだった。なぜか後方には、第二王女ベアトリクス殿下が立っている。まあ王太女候補ナンバーワンだって評判だし、勉強のためということなのかな。


「炎の英雄ヒルデガルドよ」


「はっ!」


「……先日のパーティーのことといい、そなたの息子は、なかなかの暴れん坊のようじゃの」


「面目次第もございません」


 母さんが深々と頭を垂れ、謝罪の意を示す。だけど俺には、母さんが何に謝っているのか、よくわからないぞ。だって俺は命令通りにあてがわれた女性と子作りをしただけで、法に背くことも、陛下の命に逆らうことも、やってないけどな?


 そんな事を考えてぼうっとしていたら、頭を母さんに鷲掴みにされて、無理やり頭を下げさせられた。う〜ん、納得行かないぞ。


「種付けの結果は聞いた」


「はっ、誠に申し訳なく」


 いやいや、みんな絶賛してただろ? 俺がなにか努力して成し遂げたわけじゃないから微妙だけど、悪いことはしてないと思うんだが。


「すでに血統協会より詳細報告が上がっておる。建国以来の素晴らしい……いやむしろ恐ろしい繁殖成績だったと言うではないか。全員女子であるにとどまらず母親の属性を完全再現し、魔力はみなAクラス以上……そしてもはや得られぬものとされていたSクラス闇使いを輩出……不世出の種馬と讃えられるにふさわしい」


 ほら、謝るようなことじゃないじゃないか、陛下だって褒めてくれてる。だけど……陛下はまだ、表情を隠したままで、その声は冷徹そのものだ。


「実に素晴らしい、素晴らしすぎて……もはや危険だ。卿には今後、自由な種付を許すわけにはいかないのだよ」


 え? 何で?




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