第22話 アヤカさんの子供は
「いやはや、十四歳にして女殺しとは、恐れ入るわ」
「我が弟ながら、末恐ろしいわね」
ようやくヘルミーネさんが泣き止んで、しぶしぶと言った感じで離してもらった俺に、なんだか非難がましいジト目を向ける母さんとリーゼ姉さん。
決してヘルミーネさんに使った俺の手管が優れていたとか、そんなのじゃないぞ。たまたま産まれた子に優れた魔力が付いていることがわかって、彼女が嬉しさに暴走しただけだ。うん、たまたまだ。
だけど、俺にとって残念なことに、それはたまたまではなかったらしい。
「おお、今度は水属性のAクラスだ!」
「またAクラス! 今度は火属性だ!」
「なんと……木属性もAクラス……」
「風もか!」
「金の属性まで……」
結局、闇を除く七属性のお相手に、全員母親と同じ属性の、魔力Aクラスを持つ子が授かってしまったのだ。
「これは素晴らしい、というかあり得ないね」
「なにがあり得ないのさ、ジーク兄さん?」
「普通は、子供が母親の属性を引き継ぐ確率は半々くらいなのさ。うちの伯爵家だって火の英雄たる母さんの子であるリーゼ姉さんが水属性だろう? だけど、ルッツの子はここまで七人、全部母親と同じ属性だ。これはスタッドブックでは『安定性』と呼ぶパラメータだけど、ルッツの場合それが突出しているんだろうね。子供の属性が固定できるってのは、貴重な特性だよ……また種付け料が上がるだろうね」
「まったくだわね」「これは、大変だと思うわ……」
ジーク兄さんの解説にげんなりする俺に、母さんと姉さんが次々追い討ちをかけてくる。
「さあ、あとは闇のお嬢さんだけね」
黒髪黒目の娘を抱いたアヤカさんが、俺に向かって深々と頭を下げ、枢機卿猊下に子供を託す。猊下もさすがにこれまでの絶好調ぶりを見て、緊張を隠せないでいるようだ。
「あのお嬢さんだけは、今までの母親たちと格が違うわ、上位クラスの魔力を持っている」
母さんがつぶやく。そうだ、母さんのようにSSクラスの魔力持ちともなると、他人の魔力を見ておおよその力を測ることができるのだ。
赤ちゃんがゆっくりと、聖なる水に浸される。しばらく何も起こらない……ああ、さすがに全員魔力持ちとはいかなかったか。俺としてはホッとするものがあるのだが、俺を初めての相手に選んでくれたアヤカさんには、何か申し訳ない思いがある。
俺が心の中でゴメンナサイと唱えた時、それは起こった。
猊下の白い聖職衣が、一瞬で鮮やかな紫色に変わった。それは、猊下の抱く赤子から、まばゆい紫の光が発せられているが故のこと。その光は、これまで洗礼を受けた七人の子とは明らかにクラスが違うとわかる、遥かに高輝度の明るさだ。
「首席鑑定官殿、こ、これは!」
「うむ、間違いない……この国にはすでに居ないとされている、Sクラスの闇属性! このような光景に立ち会えるとは……」
「す、素晴らしい!」
協会の鑑定員は、聖地を訪れたアニメオタクのように興奮している。まあ、闇属性は希少だって言うからなあ。
当のアヤカさんは、赤ちゃんを静かに猊下から取り戻すと、ゆっくり俺に近づいて……その魅力的な唇を開いた。
「やっぱり、貴方は素晴らしい男性です。きっと力の強い子供を授けてくれると信じていました、本当にありがとうございます。そして……この子の父親である貴方に、もうひとつだけお願いをしてもいいでしょうか?」
「え、ええ。出来ることでしたら」
「この子に、名前を授けて頂けないでしょうか?」
いや、それは……ゲルマン風の名前なら適当に付けられるけれど、アヤカさんの一族ははるか東方から流れてきていて、文化の違う人たちなんだ。彼女らが気に入ってくれる名前なんて……いや、待てよ。
「失礼ですが、ご一緒されてきた族長様のお名前は?」
「え? カナコですけど」
やっぱり。この一族は、限りなく日本文化……それも、十九世紀くらいの日本に近いメンタリティをもってる、それならば。
「では、この子に付ける名は、カオリでいかがですか」
俺がそう口にした瞬間。アヤカさんと、四十代半ばであろう族長さんの表情が輝いた。まあ、アヤカさんを「彩香」、カナコ族長を「香奈子」と見立てて、二人に共通する香という字をとって「香織」ってのはどうかなと提案したわけだが、これはうまく彼女たちの好みにハマったらしい。昔の日本では、親しい人や尊敬する人の一字をもらうのが、はやっていたからなあ。
「なんという素敵な名前を……」
そうつぶやいた族長さんが、いきなり俺の前に正座して、三つ指をつき平伏する。アヤカさんもカオリを抱いて、その隣に正座し、俺に真っすぐ視線を向ける。おい、これから何を始めるつもりなんだ。固まる俺の前で、族長さんが口を開く。
「滅びかけていた我が一族に、運命を切り拓く子を与えていただき、感謝いたします。貴方は我々にとって、未来への希望です。一族挙げて、貴方様のお望みに従うでありましょう……何なりとご下命を」
こ、これは……なんだか大変なことになってしまった気がする。
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