第21話 子供の評価は
子供たちの洗礼式は、近所の教会だったはずの会場が王都中央教会に変更され、なんと司祭様じゃなく、枢機卿猊下の手で直接祝福を頂く仕儀になった。これってやっぱり、女王陛下の圧がかかっているんだよなあ。
そして父さんの予想通り、洗礼会場には王宮からわざわざ侍従が派遣されてきていた。その他には赤ちゃんが八人とその母親であるお姉さんたち、そしてそれぞれの家の当主らしき人たち。うちの伯爵家からは母さんと父さん、そしてジーク兄さんとリーゼ姉さんが立ち会う。そして「血統協会」から派遣されてきた鑑定員が三名、さらに周囲には、司祭だか神官だかはわからないけど、聖職者の格好をした人たちが二十名くらい、ものものしく周りを固めている。
子供の魔力なんてどうでもいい、健康であってくれれば。そう思っていた俺だけど、さすがにこう次々と大げさなお膳立てを整えられると、平凡な成績だとマズいような気がしてきた。俺自身の種馬評価なんかどうでもいいけれど、これで魔力なしの子が出たりすると、「英雄」たる母さんの面目までつぶれるんだよなあ、きっと。何とか母さんの名誉が守れる程度の結果が出ることを、祈るしかない。
「それでは、神のしもべマグデブルグが一子、ダニエラよ。お主が将来を託すべき子を、ここへ」
先頭を切って洗礼を受けるのは、光属性のダニエラさんだった。準男爵家の後継ぎだというから貴族としての格は低いけれど、母上が司祭様なんだそうで……やはり教会関係者は優先されるってことだろうな。
「八つの属性を司る女神よ、この幼子の力を示し、その未来を嘉したまえ」
そしてゆっくりと、枢機卿猊下が赤ちゃんを聖なる水盤に浸けていく。子供の身体が半分ほど水に沈んだとき、それは起こった。
「おおっ、この光はっ!」
周囲を取り囲んでいた聖職者の一人が、思わず驚きの声を上げる。しかし多くの者は、声すら上げられず、ただその不思議な光景を、ぽかんと口を開けて凝視することしか出来なかった。
猊下が抱く赤子の身体から、光が発せられていた。それは眩しく感じて目を細めてしまうくらい明るい、プラチナ色した光束だ。
「まごうかたなき、光属性……それも間違いなく、Aクラスの魔力です!」
「そんなバカな……母親がBクラス以上ならともかく、今回集めた母親はみなCかDクラス……そこからいきなりAクラスの子を出すなど、信じられるわけが!」
なんだか血統協会の鑑定員が、興奮しまくっているみたいだ。よくわからないからジーク兄さんに聞いてみよう。
「俺にはわからないけど、こういう事例は珍しいのかな?」
「当たり前だろ。『洗礼』に応募してくるような母親の家格でAクラスを出すなんて、スタッドブック筆頭種馬だって難しいんだ。僕のときもBクラスが三人出ただけで大騒ぎして……種付料に百金貨もの高価格がついたわけさ。ルッツにはいったいいくらの評価額が出るのか、想像もできないよ」
うっ。そりゃあ、評価が低いよりは高いほうがいいのかも知れないけど、俺はあまりこの世界で目立ちたくない。どうやら元世界の経営知識はこっちでも使えるみたいだから、どこかの地方領で代官とか補佐とかの職をもらって、静かに暮らすというのが、新しい人生の目的だったのに。変に種馬評価が上がったら、王都を離れられないじゃないか。
まあ、最初の一人くらいならまぐれ当たりというか、ビギナーズラックみたいなものも、あるのかもしれない。次は普通の子だと信じよう。
光属性のAクラスが出たことで聖職者たちの興奮もまだ収まりきってないみたいだけど、次は男爵家から土属性のヘルミーネさんが、亜麻色の髪をもつ赤ちゃんを、本当に大事そうな風情で、枢機卿猊下に渡す。振り向いた彼女が、俺の顔を見て意味ありげに微笑むと、なぜだか頰が少し熱くなる。そうだ、この世界での「初めて」は、彼女が優しく受け止めてくれたんだよなあ。
「……この幼子の力を示し、その未来を嘉し給え!」
さっきの興奮がまだ残っているのか、猊下の声にもなんだか気合いがこもっているようにみえる。そして水盤から聖なる光が……
「おおおっ!」
「こ、これも間違いなくAクラス! 信じられぬ!」
マジか。確かに、赤ちゃんの身体から黄色、いやむしろ金色の、色濃く明るい光が放射されている。
「凄い、すごいわ……私の子が、こんな……」
当のヘルミーネさんは、跪いて両手の指を組んだままの姿勢で、ただひたすら涙を流していた。俺が近づいて行くと、いきなりがばっと抱きつかれ、ぎゅうぎゅうと締め上げられた。
「ルッツくん、こんな素晴らしい贈り物をくれた貴方に、一生の感謝を捧げるわ! 貴方は最高の男性よ!」
気がつけば俺の胸は、しっとりと濡れていた。ヘルミーネさんのふにっと柔らかい身体の感触が、何とも気持ちいいけど、彼女は一向に解放してくれる気配がない。ちょっと困って母さんの方に助けを求めると、呆れましたというようなポーズをされてしまった。いや、今の事態は、俺が悪いわけではないと思うのだがなあ。
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