第20話 我が子誕生

 街路樹が秋の色を濃くする頃、俺宛に続けて何通も、感謝を伝える手紙が届くようになった。


「立派な女の子でした、ありがとう」

「熱望していた女子を得て、我が男爵家は喜びに沸いており候」


 そう、あの「洗礼」からそろそろ九ケ月が経ち、子作りを一緒に励んだお姉さんたちの出産ラッシュが、いよいよ始まったのだ。


「最初の二人が女の子ってのは、幸先いいね。女の子が産まれやすいってのは、種馬としては得難い資質だから」


 ジーク兄さんはそう言って笑ったけれど、その後も「吉報」が次々舞い込んだんだ。


「珠のような女児を付けて下さったルッツ様に、心より感謝申し上げます」

「娘があまりに可愛く、当主夫妻も毎日デレデレです」

「諦めていた女子を授けて下さったルッツ様に感謝を」

「英雄ヒルデガルド様の血を引く女子が当家に誕生せしこと、末代までの栄誉」

「待望の女子が産まれまして、ようやく当主も安心し、引退を決めました」


 おい、結構これって、凄い確率なんじゃないか。最初の七人が女ばっかりってのは……


 そして最後の八人目は、アヤカさんだった。闇の一族である彼女の礼状だけは「手の者」が密やかに俺の寝室に忍ばせてきた。


「とても素敵な一夜の想い出と、かけがえのない我が子を授けて下さって、ありがとうございます。多少難産ではございましたが、これもかけがえのない我が子を得るための試練と思えば、耐えきることが出来ました。できれば闇の仕事には就かせたくなかったのですが、私から見ても強い魔力を感じる子で……族長は早くも己の後継者に決定だと申しております。普通の女子としての幸せは与えてやれないかと存じますが、必ず立派に育ててゆきます」


 柔らかい字体で書き連ねられた手紙は長かったけど、要約すればこんな感じだった。う~ん、アヤカさんにとっては初子である愛娘が、闇仕事一族の長に確定か……もちろん子供が生まれたことはうれしいんだろうけど、複雑な気分だろうなあ。


 そんなわけで、結局のところ俺の「洗礼」で産まれた子供は、なんと八人全員女の子だったのだ。


「これは凄いわね……スタッドブックの初期格付けが、かなり上がるんじゃないかしら?」


「そうだね、これだけ女子が産まれる確率が高いとなれば、人気が出るだろう」


 母さんと父さんはのんきに論評するけど、俺は種馬稼業で食っていこうとか思ってないんだから、あまりうれしくないよ。だけど全員女の子って……男女が生まれる割合を半々とすると、女子八連チャンの確率は……二百五十六分の一、ずいぶんなレアを引いたことだけは、間違いないな。


 そういえば、スケベ大国の日本では「女性が満足すると男子が産まれやすい」って言われてた気がする。おい、ってことはもしや、俺はお相手を満足させることができていないのか……それは男としては微妙に、傷付くなあ。


「まあ、あとはこの赤ちゃんたちの『洗礼』結果がどう出るかね。魔力B以上が三人か四人出たら、種馬市場は大騒ぎになりそう、楽しみだわあ」


 いや俺は、全然楽しみじゃないぞ!


◇◇◇◇◇◇◇◇


 この世界において、女子が受ける「洗礼」は、男子の「洗礼」とまったく意味が異なるのだそうだ。


 身分の高い思春期男子の「種馬適性」を実地試験するといういかがわしい目的で行われる男子洗礼とは違って、女子のそれは生まれて間もない赤ちゃんの段階で、教会の祭壇前に据えられた聖なる水盤に身体を浸すという、元の世界でも聞いたことがあるような真面目極まる宗教的儀式なのだ。


 但し、その「洗礼」の目的はしごく実用的、かつその子の人生を決めてしまうくらい深刻なものであるらしい。聖なる水に洗われた乳児からは不思議な光が発せられ、その明るさが持てる魔力量を、その色が魔法属性を示すのだという。そして魔力や属性は生まれつきのもの……成長後いくら血のにじむような努力をしても魔力上限は伸びていかないし、適性のない属性の魔法を使うこともできないのだ。


 俺の初子たる八人の女子に対して、そんな大事な「洗礼」がおそらく二週間のうちにも行われるだろう。そして子どもたちが発する光の色と明るさが、種馬としての俺に対する評価を決めるんだ。


「そうね、ルッツの子どもたちの洗礼には、私たちも立ち会うわよ……なんだか、すごい結果が出る予感がするのよね」


「やだよ、俺が一人で行けばいいんだから」


「そう言うわけにはいかないだろう、ルッツ。もうお前の種付け結果には貴族たちから注目が集まっていて……女王陛下も関心をお持ちだという。王宮からの使者が見えられる可能性も高いと思っている。当主の母さん、そして婿の私がその場にいないわけには行かないよ」


 大げさにしたくなくてゴネる俺を、普段は厳しいことなど一切言わない父さんが、真顔でたしなめた。これはさすがに、マジなんだな。


「それってやっぱり、姉さんの『卒業パーティ』のせい?」


「そうよ、良くも悪くもルッツはあそこで目立ってしまったの。男でありながら魔法に深い造詣を持ち、英雄の子という良血。そして爽やかな容姿と『裏スタッドブック』で讃えられる洗練された夜のマナー……間違いなく、第二王女ベアトリクス殿下のお相手候補に、名前が挙がっているでしょうね」


 ああ、母さんの言葉が、おれには終身刑の宣告みたいに聞こえるよ。



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