第19話 裏スタッドブック

「裏スタッドブック 第二十八版 王立学校血統研究会編」


 緑表紙の薄い本には、流麗な手書き文字でそんなタイトルが付されている。本家の「スタッドブック」の豪華装丁と比べると、手作り感があふれている。なんとなく、いかがわしい雰囲気が漂ってくるのは、気のせいだろうか。


 日本で「薄い本」といえばBLを連想してしまうけれど、この世界のBLには、背徳のニュアンスがほとんどないらしい。なにしろ種馬制度の普及で、男が余っているのだから、寂しいモノ同士がくっつくのはいたく当然のことで、道徳面に厳しいはずの教会も黙認しているんだよなあ。


 おっと、思考がそれた。王立学校血統研究会なんてのも、何だかとっても怪しい。確かにそんな名前のサークルがあるのは知っているけど、その部室は「男子禁制」の看板が掛かってる閉ざされた世界で、俺たち男どもにはその中でどんな活動が行われているかなんてわかりようもない、そんな団体だ。


「あらっ! まだあるのね、この本! 懐かしいわ」

「ああ……これか」


 母さんと父さんはこの薄い本がいかなるものか、知っているらしい。母さんはポジティヴに、父さんはネガティヴに反応していたのが対照的だ。


「何のことかわかんないのは俺だけか……姉さん、これ何?」


「ふふふ……表の『スタッドブック』ではその種馬さんの人間性や振舞いなんかはわからないでしょう。それだけで自分の分身となる子の父を選ぶのはリスクが高いわ。血統書や繁殖成績ではわからない、その人の種を欲しいと思えるかどうか、そういうことを女性の目だけで評価したクチコミ紙よ」


「具体的に、どういうことが評価されているの?」


「その種馬さんの振る舞いが優しいかどうか、きちんと会話ができるか、女性の扱いに慣れているかどうか……その他には、お口が臭いかとか汗っかきだとか毛深いかとか生理的な好き嫌いも。もちろん種付けの上手下手も、あるわよ」


 大胆なことをズバズバ口にしながらも、最後のフレーズで頬をちょっと染める姉さんが可愛い。そうだ、姉さんの方こそまだ種付け実績がないおぼこちゃんなのだ。種付けをせずに軍に入ったのだ、恐らく二十歳くらいまでは、後継者作りより仕事優先でいくつもりなんだろうけどな。


 そうだな、女性の立場になって考えてみれば、確かにお相手、特に初めての相手を選ぶときには、そいつを異性として好きになれるかどうかってのも重要だよなあ。こういう本が同人誌的であっても、必要とされる理由はわかる。


「姉さんがそういう研究に熱心なのはわかったけど、それと俺の才能にどういう関係があるの?」


 俺が質問した瞬間、姉さんがフンスと鼻息を荒くして、とある頁を開いた。


「ここをご覧なさいな!」


「あ、これは……」


 そこには俺と子作りをした女性の生意見と、彼女たちが俺に対して下した評価が赤裸々に記されている。俺の場合、そういうコトをした女性はまだ「洗礼」のお相手である八人だけ……だから、そこに書いてあるご意見がだれのものであるのか、容易に想像できてしまう。これってかなりの羞恥プレイなのではないだろうか? いやまあ、そもそも種馬にプライバシー権なんて、認められないわけなんだろうなあ。


 だけど、俺のお相手さんたちは、みんな優しい人みたいだった。そこに書かれた評価は好意に溢れており、何だか俺がすっごくいい男に見える。初心で純情なくせに何かと上手かつ丁寧で、しっかりお相手を満足させるとか……まあざくっと言うとそんな感じかな。そして元世界で見た飲食店の口コミサイトさながらに、その印象が点数化されているのだ。


総合  ★★★★★ 

容姿  ★★★★★

会話  ★★★★

優しさ ★★★★★

清潔さ ★★★★★

技巧  ★★★★★


 最後に、お相手の中で希望した人が「推薦文」を寄稿している。俺の頁にはこんな文章が掲載されていた。


「ずっと年下の方なのに、物慣れぬ私を気遣って、ゆっくりと、優しくリードして頂きました。容姿は美しい少年でも、心はずっと年上の方であるかのように、優しく包み込んで下さいます。いろいろな不安も吹き飛ばして、夢のような一夜を過ごさせてくれた、素晴らしい男性でした。初めてのお相手として、特にご推薦致します」


 これって……やっぱりどう見ても、アヤカさんが書いたものだよな。日本でも絶滅危惧種となった大和撫子のようなアヤカさんとのそれは、俺にとっても実に味わい深いもので……その上、俺の種馬生活を少しでも応援しようと、こんな言葉を寄せてくれている。彼女の性格なら、きっと恥ずかしさに真っ赤になりつつ書いたのだろう。


 そんな風にアヤカさんの姿を想像していた俺は、多分だらしなく鼻の下を伸ばしていたのだろう。気がつけば、姉さんと母さんのジト目が、ねっとりと俺に絡みついていた。


「あらあら、随分、良かったみたいね? そんな顔させるために見せたんじゃないのだけど……とにかく、血統とか子供の能力とか、そういう実用的な部分以外でも、ルッツはもう有望株なのよ。『洗礼』で標準以上の結果さえ出れば、特に十代の令嬢から、引き合いが殺到するわよ?」


 まあ、そうかも知れないな。高位貴族でもなければ、初子を儲ける相手の選択には本人の意向が強く反映されるだろう。一生の思い出なんだしなあ。俺が乗っ取ってしまったルッツ君の容姿は無駄に整っている、この上夜のマナーも抜群ということになれば……姉さんの主張することも、うなずける。


「ね、だからお願い。ルッツの力を、試して欲しいのよ……」


 四つ年上のくせに甘える手管がうまい姉さんに、曖昧な微笑みを返すしかない俺だった。




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