第133話 教会にて

 結婚式の日は、雲一つない快晴だった。


 だけど季節はもう冬。路地の水たまりが凍り付くような寒さで、こんな日に教会の重厚な建物の中は凍えるほどだろう……と身構えていた俺だが、心配は無用だった。王宮お抱えの魔法使いが火属性と風属性のコラボ魔法を早朝から全力で頑張ったおかげで、大聖堂ホールのなかは、ほかほかだ。心の底からホッとする……寒いのは、とっても苦手なんだよね。


 おっと、思わず現実逃避してしまった。たった今俺は、右にベアト、左にグレーテルという美しく装った二人の婚約者にはさまれて立ち、枢機卿のお婆ちゃんが長い長い祈りを至高神に捧げ続けているのを、退屈に耐えてひたすら聞いているというわけだ。


 もちろん、やっとこの美しい二人の婚約者たちと待ちに待った結婚式ができたんだ、感慨がないわけはない。だけどこんな大げさで荘厳なセレモニーの中心に立たされると、やっぱりげんなりしてしまう俺なんだよ。前世の結婚式は、近所の神社でササッと身内で挙げる気楽なものだったけど、今日の大聖堂には貴族たちや文武高官がびっしり詰めかけて、俺たちの一挙手一投足に注目しているんだ。


 そして教会の外にはこの寒空の下、数千を数える民衆たちが見物に集まって、俺たちのお出ましを今か今かと待ち受けているのだという。もうやめてくれという感じだが、次期女王を妻にするっていうのは、こういうことに耐えるってことなんだろうなあ。


「ベルゼンブリュック第二王女にして次期女王、ベアトリクスよ」


「はい」


 おっと、思わず考えに沈んでいるうちに、シーンが変わってしまったようだ。枢機卿お婆ちゃんが祭壇からこっちに向き直り、俺たちに誓いの言葉を求め始める。一応特別な結婚式だから、誓いも定型文じゃなく、枢機卿猊下のオリジナルだ。


「汝は隣に立つこの男ルートヴィヒを配偶者とし、共に手を取り合い、ベルゼンブリュックの民を正しく導き、富ませそして外敵から守り、彼らに平和と幸福を与えることを、至高神に誓えるか。汝の生命の灯が消えるその日まで、互いに慈しみ、支え合い、尊重し合うことを、その男に誓えるか?」


「はい、神の御前にて、お誓い申し上げます」


 今日のベアトはよそゆきモード、俺たちに向けるぶっきらぼうな表情ではなく、丁寧に、少し頬など染めつつ、お婆ちゃんに微笑む。


 普通だったら次は配偶者たる俺が誓いの言葉を述べて……ってとこなんだろうけど、今日の式次第はちと違うんだ。枢機卿猊下が今度は俺の左に立つ少女に、優しく語りかける。


「ハノーファー侯爵令嬢にして『英雄の再来』の二つ名を持つ光の娘、マルグレーテよ」


「はいっ!」


 いやいや、ここは荘厳な大聖堂、学校で指されたときじゃないんだから、そんなに元気いっぱいに答えなくていいんだよ。


 まあ、それも無理ないのかな。ここんとこずっと「早く開拓して結婚式!」って毎日叫んで、まさに人間重機みたいに働きまくっていたんだかからなあ。いざ本番となったら、気合も入るってわけか。


「汝は隣に立つこの男ルートヴィヒを夫とするとともに、王女ベアトリクスを姉と慕い、序列をわきまえ身を慎み、彼ら夫婦を尊重することを誓えるか。さらに汝の生涯が終わるその時まで、この男を慈しみ、深く愛し、そして守り続けることを、この男に誓えるか。そして夫たるこの男、そして姉たるベアトリクスが拠って立つベルゼンブリュックの国と民を、汝の武勇で守り続けることを、至高神に誓えるか?」


 そっか、側室枠だと、こういう問いになってしまうわけか。立場を考えて一歩引けよって言われているわけだなあ。こんなこと言われて、グレーテルがキレないといいんだけどな。


「もちろん、誓いますわっ! ルッツも、ベアトお姉様も、ついでに国だって、私が守って差し上げます!」


 ありゃ、二番目扱いも彼女には全く気にならなかったみたいだ。むしろ「お前の武勇なら守れるだろ?」的な枢機卿のオリジナルメッセージに、高揚しているらしい。俺の方に向けたグレーの瞳は、キラキラと輝いていて……思わず、手を伸ばしたくなる。


「初夜にはまだ早いぞよ、稀代の種馬よ」


 猊下の突っ込みに、大聖堂のあちこちから笑いが漏れる。やってしまった、とんだ羞恥プレイだ。


「さて……シュトゥットガルト侯爵にして、『炎の英雄』の息子、さらに『神の種』を持つ男ルートヴィヒよ。汝は次期女王ベアトリクスを配偶者とし、その生命絶える時まで、その女を尊敬し、思いを酌んで従い、心から愛し、支えることを誓えるか?」


 はあ、この世界だと、男の誓いって、こういう台詞になっちゃうんだ。ちょっとため息が出るけど、俺はもうベアトを心から愛しているし、王族としての彼女も尊敬している。俺の力でできるのなら、それが及ぶ限り支えてあげたい。


「はい、一生涯支えます」


「よろしい。では……ルートヴィヒよ。汝は『英雄の再来』マルグレーテを妻とし、未来永劫愛し、癒し、慰め、励まし、支え続けることを誓えるか? さすればこの英雄は、汝を生涯、己の生命に代えても守るであろう」


 これはこの時代の決まり文句とは思えない……完全にグレーテル一人のための言葉だよな。そう、グレーテルに対する俺の役目なんて、彼女の感情を受け止めて、癒してあげることくらいなんだ。


「もちろん、誓います」


 隣でグレーテルが大きく息を吐く。その息遣いが震えていることに気付いて、思わず感動してしまう。彼女が俺をどれだけ深く求めていたかが、伝わった気がして。


「立ち合い人の諸君! ここに、若く高貴な三人の男女が結ばれた、神の叡智と慈愛に、感謝の祈りを!」


 参列者が一斉に、両手を胸の上でクロスさせる至高神への祈りポーズをとって……厳かな雰囲気に、俺も身が引き締まる。そしてパイプオルガン奏者が、神を讃える曲を奏でようと構えたその時……


「のう、ルッツよ。お主はこれから、この二人だけではなく多くの女を娶ることになるであろう。この婆の願いはただ一つ……一人として、泣かせてはならぬぞ。お主の『神の種』は、女を幸福にさせるために、神が授けたものじゃからの」


「は、はい……」


「自信なさげじゃの。まあ、女を増やすのは程々にした方がよいわ。お主の左に立つ女が、暴れ出さぬ程度にな」


 猊下の一言で、静まり返っていたはずの大聖堂に、大爆笑が沸いた。結局俺って、イロモノ扱い?

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