第132話 結婚式、迫る
いずれにしろ結婚式を直前にして、ベアトを支えてくれる同年同性の優秀な人が来てくれたことは僥倖だ。敵陣営ボスの娘ってところが心配な点ではあるが……「精霊の目」を持つベアトが信頼しているのだ、アデルがこっちに鞍替えした心に、嘘はないのだろう。異性の俺には相談できないことだってあるだろうし……ベアトの友になってくれるといいな。
だけど、彼女はガールズラブの人だって、グレーテルが言ってたよなあ。ベアトをそっちの道に引きずり込まれちゃったりしたらヤバいよな……女性秘書に女王を寝取られる王配とか、後世の連中にうんとディスられそうだ。まあ「精霊の目」はそういう欲望も捉えるはずだし、ベアトが彼女を受け入れているってことは、そう言う危険もないのだろう。
そんなわけで、いきなりぶん投げられた種付け仕事も片付き、いよいよ結婚式の準備だ。俺も、グレーテルもベアトも、やたらと忙しくなった。教会や王宮で儀式のリハーサルをしたり、誓いの言葉や民衆への演説を暗記したり、髪を整えたり最後の衣装合わせをしたり。
披露宴で会うであろう国内外の要人たちの名前を覚えることも欠かせないのだが……
「俺、人の顔覚えるの苦手なんだよね」
特に、外国人顔が苦手なんだよ。この大陸の人、当たり前だけどみんな外国人顔なんだもん。
「それは王配として致命的な欠点。努力あるのみだ」
正直に悩みをぶっちゃけたら、ベアトに一撃で斬って捨てられた。この婚約者はデレると可愛いが、塩対応するときはまるで蝋人形みたいに怖い。
「大丈夫ですよ、ルッツ様。要人の情報は私の頭にすべて入っています、名前と顔、出身地に経歴、男性遍歴まで……お二人の後方に常に控え、必要な事項は逐一ささやいて差し上げますから」
おいアデル、男役のような顔をして、ひょっとして君って天使か? 「王立学校開校以来の才女」ってのは、伊達じゃないな?
「この程度のことで褒められても……」
素直に褒めれば、帰ってくる言葉は微妙でも顔がほころんで頬が桜色に染まっている。まあ喜んでいただけたようだ……彼女は今までいくら結果を出しても、家族がそれを賞賛してくれないことに悩んでいたのだ。だから俺たち新しい家族は、たくさん褒めてあげたい。ベアトに言葉が足りないぶん、俺はアデルをべた褒めすることに決めた。
「いや、アデルはすごい。俺に出来ないことが、こんな短時間で完璧にできるんだから。そしてその結果は天性の能力だけじゃなく、努力して勝ち得たものだ。だから俺はアデルを尊敬するよ」
小さく息を吸う音とともに凛々しい切れ長の目が大きく見開かれると、宝〇っぽいアデルも、年相応の少女の表情になる。そのレアな表情を三秒間続けた後、アデルは大きく息を吸い込んで、また男役の顔に戻って、ボウアンドスクレープを決めた。
「ありがとうございます、ルッツ様。貴方様とベアト様に、絶対の忠誠を」
ちくしょう、カッコいいじゃないか。こんな姿をベアトに見せて、ベアトが惚れちゃったら、どうするんだよ。
「そんなことより、ルッツがアデルをたらし込んでるのが心配。無自覚っぽいから、余計に始末に負えない」
おいベアト、それは曲解というものだと思うぞ!
◇◇◇◇◇◇◇◇
「おかしいわ、そんなはずは……」
グレーテルが最終衣装合わせで悩んでいる。まあ、多分アレだろうな。
「私はまだ成長期のはずなのに……」
そんなことをつぶやきながら何度もドレスを脱ぎ着しているけれど、結果が変わるわけもない。そう、きちんと半年前に採寸したというのに「私は成長期!」とうそぶいて、胸のところを大き目に作ると彼女が頑固に主張し、その通りにしたら胸が余っているというだけなのさ。ようはここ半年、グレーテルの胸は成長を止めているってわけ。
「はあぁ……」
深いため息を吐いてがっくりと頭を垂れるグレーテルの背中に、俺は掌を当てる。披露宴の夜会用に作ったやつだから、むき出しの背骨に掌が触れて、一瞬びくんと反応するけど、徐々に筋肉から力が抜けていく。
「大丈夫、グレーテルの魅力は細くしなやかで、いきいきと躍動する身体だよ。そしてドレスをまとっても一段目立つ長身……俺はグレーテルのドレス姿をみんなに見せるのを、楽しみにしているよ……そして君の手を取って、一緒に踊るのも」
そう、グレーテルはほぼ成長が止まりかけているけど、その背丈は百七十センチちょっと。その長身は手足……リーチの長さにもつながり、彼女の近接戦闘能力の源泉にもなっているのだ。彼女の身体はダンスを踊るためのものではなく、あくまで戦うためのそれなのだ。胸に脂肪の塊があろうとなかろうと……いや、あれはあれでとても、いいものなのだが。
いやいやそういう話じゃなかった。とにかくグレーテルは、あの体格でいいのだ。細くてもしっかりと筋肉のついた身体を、魔力補給のためにここんとこ毎日抱き締めているけど、興奮しないように耐えるのは大変なんだ……結局、元気になっちゃうしなあ。
やがて、グレーテルが俺の方に振り返る。その顔にはさっきまでの嘆きの色はなく、ただ嬉しそうな微笑みが浮かんでいた。
「ありがとうルッツ。ルッツが励ましてくれるだけで、私は勇気を持てるよ。セレモニーも夜会も私の得意分野じゃないけど、頑張るわ。見ててね!」
うん、やっぱり俺の幼馴染は、こうじゃないとな。
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