第四部 ふたたび王都へ

第149話 王都への招待状

「建国記念セレモニーか……」


 俺とグレーテルは、重厚な紙質と豪華な装飾に彩られた招待状を前に、やや途方に暮れている。アヤカさんは、数歩下がった辺りで控えて、黙って俺たちの会話を聞いている。


「私たちみたいに地方住まいの貴族にとっては、邪魔くさいだけのイベントよね。だけど、昨年叙爵を受けたばかりで、しかも次期王配って立場のルッツにとっては、顔を売っておかないといけない時じゃないのかなあ」


 怒りに火が着かなければごくごくまともな貴族の思考をするグレーテルのコメントに、げんなりする俺だ。まあここは、言うことを聞いておかねばならないか。


 ベルゼンブリュックでは毎春クロッカスの花が盛んに咲く頃、建国記念のイベントが行われる。千三百年ばかり前に、女王陛下のご先祖様が北方から来たりて、この地に住まいし巨大な亀の魔物を倒して王国を建てたんだとか。まあおそらく、亀を神様として祀っていた先住民と戦争して追い出したことを、神話的に伝えているのだと思うけどね。


 セレモニーの一週間、大きな街ではどこもお祭り騒ぎになる。木でこさえた亀がで〜んと乗った山車みたいなものを男たちが引っ張り回し、てっぺんにはその年成人した女子が勇ましく騎乗しているという姿が、春の風物詩みたいになっているんだ。王都の目抜き通りもこのときばかりは馬車の出入りを禁じ、人々が軽快な音楽に合わせて踊り、さまざまの露店で買い求めた酒食を喰らうスペースに変わるのだ。昨年のイベントの時には俺も街に出て、浮かれた雰囲気を十分に楽しんだものだ。


 しかし、今年はそういう気楽な立場ではない。王室による修飾過剰な宣伝のお陰で、不本意ながら英雄扱いされてしまっている俺は、むしろヒナ壇の上から国民に手を振り笑顔を振りまくべき側の人間になっているのだ。


 そこまでならまだ我慢できるけど、問題は連日行われるであろう貴族の社交……普段は領地にこもっている地方貴族たちも、このときばかりは顔と領地の名産を売り込むべく都にのぼって来るのだ。そしてそういう者たちを一人でも多く自分の派閥に引き込むべく高位貴族が蠢動して……昼間の茶会でも夜のダンスパーティでも、にこやかな交流の水面下で刃物を使わない暗闘が繰り広げられるわけさ、俺にはとても無理だ。


 ま、ベアトは俺の社交手腕などに、毛ほども期待してはいるまいが。なにしろ彼女は「精霊の目」持ち、相手がいくら悪意を隠して甘言を弄そうと、決して引っかかることはないのだから。


「それに……もう四ケ月くらい、逢っていないでしょ? ベアトお姉様は身重なのに、宰相派の圧力にずっと耐え続けているわ。癒やして差し上げないとね」


 まあ、そうなるか。俺のいない時のベアトは、まさに鉄面皮の完璧王女……だけど彼女だってまだ十七歳の少女なのだ。そして向き合った者の抱く悪意が、望まずして見えてしまう特殊なスキル持ち……いくらメンタルが強くても、傷つかないはずはない。俺が顔を見せて、話して、そして触れることで少しでも彼女を癒せるなら……喜んでやらないとな。


「建国記念祭は王室最大のイベントよ。次期女王をエスコートする男がいないとか、ありえないからね。ただ、また領地が空になっちゃうな」


「もうマックスに任せていいと思うよ。領地管理は、彼のほうが優れてるし」


 そう、俺の野望である「領地を帝国皇子に丸投げ」計画は、着々と進んでいるのだ。彼と、彼の取り巻き、もとい側近男子たちは実に優秀で、戦争奴隷たちの管理統制はもとより、農地の手入れや食料の仕入れ、王都から派遣される技術者や官吏との交渉……ありとあらゆる面倒ごとをまるっとこなしてくれる。彼らがその気になれば今すぐバーデン領を乗っ取れるような気もするが、マックスの正直さはベアトの「精霊の目」お墨付きだ。もはや全面的に信じるしかないだろうというのが、俺の結論だ。


「そっか。私も、ついて行っていいかな?」


 意外な言葉を吐くグレーテルに、ちょっと驚く。いつもなら「やっぱり私がついて行ってあげないとダメよね!」とか言うくせに。


「もちろんだけど……なんか遠慮する理由ある?」


「だって……私がいないと、開拓がかなり遅れるよ?」


 うぐっ、もっともだ。「魔の森」の開拓は、グレーテルが振り回す魔銀の斧にべったり依存しているのだった。最優秀の木こりにして最強戦士の彼女がいないと、前線を拡げていくスピードは、ヒトケタ落ちてしまう。


「そうだね、グレーテルの力はすごいからなあ。だけど冬のあいだ君が頑張ったおかげで、耕地も広がったし鉱山も安全になった。少し休んでもいいと思うんだ」


「そ……そうよね……」


 褒められると素直に頬を染めるところが可愛いじゃないか。まあ実際のところ、三万人を食わせるのに十分な土地は確保できたと思うんだよな。グレーテルも半年くらい実家に帰ってないし、お義母さんにも会いたいだろ。


「差し出がましいとは存じますが、私からもマルグレーテ様に同行をお願いいたしたく」


 自然な感じで割り込んできた落ち着いたアルトは、もちろんアヤカさんのものだ。だけど、何でなの?


「申しましたように、クラーラ殿下を推す勢力は焦っております。直接的な手段を狙ってくるでしょう。一番の標的はベアトリクス殿下でしょうが、二番目はルッツ様です」


「どうして?」


「ルッツ様を捕らえて脅されれば、殿下は迷わず王位を捨てられるでしょうから」


「いや、さすがにそれは……」


 ないだろうと口にする前に、少女らしい高音が割り込んだ。


「アヤカの言う通りね! それなら私は、ルッツがさらわれないように、守ればいいってわけね!」


「はい、おそらく敵は誘拐を狙ってきますので、接近戦に強いマルグレーテ様がお守りすれば安心かと。私もルッツ様と共に参りたいのですが……」


「ダメよ! お腹の子になにかあったらどうするの! アヤカは留守番、いいわね!」


 かくして俺の意見など誰も聞くことのないまま、俺はグレーテルとともに、久しぶりの王都へ向かうことになったのだった。

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