第150話 お出かけの準備

「あんまり王都に長居しないでくれよな……」


「こんなときに俺が長く留守にできるように、マックスを領主補佐様にしたんじゃないか。頼むよ、マクシミリアン卿!」


「はぁ……その呼び方はちょっとやめてくんないかな……」


 そうなのだ。俺の「領政丸投げ」野望実現のため、マックスには少々重たい荷物を持ってもらうことにしたんだ。


 彼とその側近については奴隷の身分を俺の権限で解いた。そしてマックスについては女王陛下にねだって、こないだ騎士爵を無理矢理押し付けて「領主補佐」に正式任命したってわけだ。皇子殿下に騎士爵ってのもちと役不足かとは思うのだが、敵国の捕虜、しかも男に爵位を……っていう今回の処遇は、国内でも、戦争奴隷の間でも驚きを持って受け止められた。先例重視の貴族たちは例によってまたわあわあ騒いだみたいだけど、いつもは押しに弱いはずの陛下が珍しく頑として引かなかったのだそうで……まあたまには、王様らしいとこを見せてくんないとな。


「仕方ないよね。爵位持ちともなれば、いろいろ面倒も引き受けてもらわないとなあ」


 悪魔の微笑みを浮かべる俺だ。俺がさんざん女王陛下からやられてきたことを、そっくりマックスにやっちゃってるみたいでちょっと気が引けるけど、権力を持ったらこういうこともしないといけないのだろう。


「ハメられた気がしないでもないのだが……実際のところ有り難いと思っている。俺の立場がはっきりしたことで、部下たちの動きも良くなったし、指示も通りやすくなったからな」


 そう、俺がマックスを重用し、次々と役割を押し付け……いや与えていることを見た戦争奴隷たちは、もうすっかり彼をバーデン領のナンバーツー、むしろ実務的にはトップとみなし始めている。公国出身者も含め、マックスの命令指示に疑義を挟むことがなくなっているのだ。もちろん、ここ半年ばかり彼がリーダーとして出会い系をはじめとしたいろんなイベントを先頭に立って仕掛けてきたことなんかも、支持拡大に資しているんだけどな。


 やっぱり、マックスは精神が大人だなあ。俺は地位を押し付けられたりすると思いっきり嫌がっちゃうけど、彼は自分の今なすべきことを冷静に考えて素直に引き受け、全力を尽くしてくれている。少しだけど、見習うとしよう。


「いっそこのまま、領主でもやってみる?」


「さすがにそれは、やめて欲しいぞ!」


 俺たちは明るい声を上げて、笑いあった。マックスは十歳も年上だけど……何だか本当の友になれる気がする。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「くれぐれも……身の回りにお気をつけられますよう」


 俺に対してはいつもなごみ系の笑顔を向けてくれるアヤカさんが、今回ばかりは顔一杯に「心配です」って書いてあるみたいだ。


「一族の者を十名ほど付けました。万一のときにはルッツ様を守るため、生命を捨てる覚悟のある者どもです。いざという際には彼らが時間を稼ぐ間に、どうかお逃げになりますよう」


「そんなことは……」


「よろしいですね?」


「……ハイ」


 いつも俺の言うことに黙って笑顔でうなずいてくれるアヤカさんだけど、今日に限っては怖い顔でものすごい圧をかけてきて……俺としては、従うしかない。負けを認めた俺に、アヤカさんはいつも通りのふわりとした微笑を見せてくれた。


「くれぐれも、御身大事に。この子に、父の顔を見せてあげませんと」


 そう言って静かに俺の手を取って、自分の下腹に押し当てる。まだそこに子供がいるかどうかなんてわからないけど、伝わってくる温もりに、じわりと心が暖かくなる。そうだな、俺にはもう、子どもたちを将来へ導く責任があるんだ。


「うん、もちろん、必ず生きて帰る。だから心配しないで……お母さんが不安定だと、お腹の子供にも、良くないよ?」


「はい……」


 頬を緩めつつも、下げた目尻には少し光るものがある。そうか、今度の王都行きは、そんなに危ないのか……


「大丈夫とは言えないが、俺たちからもBクラス以上の魔法使いを十人つける。索敵や遠隔戦闘には大いに役立つはずだ。お方様一族の負担を相当減らせると思う」


 マックスが入れたフォローに、アヤカさんが軽くうなずく。帝国自慢の風属性主体の魔法使いがそれだけ揃っていれば、確かに不意討ちを受ける確率は大幅に下がるだろう。ちなみにバーデンではアヤカさんが「お方様」と呼ばれ、グレーテルが「奥様」と呼ばれている。どういう区別なんだか俺にはさっぱり理解できないけどな。


「ああ、頼りにしてるよ」


「それでというわけではないのだが、今回ついていく十名はみな志願してのものだ。貴重な志だと思う……もし、王太女殿下にお許しがもらえるなら、彼女たちに個人的な褒美を与えてほしいのだが……」


 うん? いつもスパッとモノを言うマックスにしては、なんだか歯切れが悪いなあ。


「金貨なら用意しておくよ。危険手当は出さないとね」


「いや、カネではなくてだな。彼女らが求める報酬は……ルッツの、種なのだ」


 ええ〜っ。今回も、そういうオチになっちゃうの?


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