第151話 してあげれば?
「いいじゃない、してあげちゃえば?」
帝国魔法使い女性たちの希望を聞いたグレーテルの、意外な反応だ。きっとヤキモチで目を吊り上げるだろうと思っていたのに。
「なんで? グレーテルは、イヤじゃないの?」
「そりゃあ、大好きなルッツが他の女を抱くなんて気持ちいいわけがないわよ。でもこれはベアトお姉様の利益になることよ。お姉様は間違いなく『種付けしていい』っておっしゃると思うわ」
さらっと「大好きな」とか言われると、思わず抱き寄せたくなってしまう。だけど、まずは彼女の言うことを、ちゃんと理解しないと。
「ほら、これ見なさいよ」
「うん? これ何?」
グレーテルがばさばさと俺の前に広げたのは、九枚の書き付け。ずいぶん重厚で高級な紙に記された内容を何気なく読み始めた俺は、思わず顔をこわばらせた。
これは、いわゆる誓紙というやつだった。契約書のようなものだけれど、その内容を至高神に誓い、万一その内容に背いた場合には破門されるという、超強力なやつだ。この世界で教会から破門されるということは、人生のありとあらゆるイベントから締め出されるということで……帝国にあろうと王国にいようと、社会的には死と同等なのだ。つまり、絶対に破ることのできない契約なわけで。
そんな契約の内容は、ものすごくシンプルだった。俺の種を与えたならば、風魔法使いたちは帝国との縁をすべて捨て、王太女ベアトリクスに絶対の忠誠を捧げると……与えるのは俺で、ご褒美をもらうのがベアトってところがなかなかの契約だが、この世界であればこれが当たり前なのだろうなあ。
一枚一枚に、大陸共通語で魔法使いたちがサインをしている。そしてその下に、至高神の代理として司祭のサインが……うん? 何か見慣れた筆跡だけどな?
「なあグレーテル、なんで君のサインがしてあるわけ?」
「実はこれ、バーデンの司祭には内緒なのよね。だから私が……ねっ?」
「何が『ねっ』なんだよ。そんなこと勝手にやったら、教会に罰せられて……」
「あれ? 言ってなかったっけ。私、司祭の資格持ってるわよ?」
え、そうなの? グレーテルが教会に通う姿とか見たことがなかったけど。
よく聞いてみれば、教会には「聖職者属性」である光属性クラスがA以上の者には神官職、Sクラスには司祭職の資格を無条件で与える慣例があるのだという。誕生直後の洗礼でSクラス確定したグレーテルは、そんなわけで十歳までに司祭研修をさっさと修了し、教会の行う一連のセレモニーを主催する資格を得ていたのだとか。そっか、十歳だったら、俺の記憶にないのは当たり前だったか。
まあ、似合わないよなあ。敬虔な信者たちが静かに集う聖堂の祭壇に立ち、もっともらしい説教を垂れる彼女の姿とか、想像するだけで……思わずぷっと吹き出してしまう。
「なによぅ……」
「ごめんごめん。グレーテルは聖職者資格まで持っている凄い子だったんだね。今度、聖衣姿も見たいなあ……」
「……そのうちにね。でも……聖職姿のままで、するのはダメよ?」
俺の言葉をおかしな方向に深読みして、ぽっと頬を桜色にするグレーテルが可愛い。さすがにそれはないわ……と言いたいところだが、聖職コスプレもなかなかそそられるかもしれない。「洗礼」でお世話になった聖職者ダニエラさんとのそれは、背徳感が刺激になって、ものすごく盛り上がったからなあ。
「ご、ごほん。ま、それはともかくとして……俺が彼女たちに種付けすると、忠実かつ優秀な風属性魔法使いが、ベアトを助けてくれるってことになるわけか」
「そういうことよ。そして彼女たちがルッツの『神の種』で魔力を伸ばしているところをつぶさに見た帝国公国の女性たちは、きっと『それなら私も!』って考えるでしょ?」
うん、それは容易に想像つくよな。だけど……
「そんなことしたら、俺が何百人もの捕虜女性とすることになっちゃうけど……グレーテルはそれでもいいの?」
「もちろんイヤよ、イヤに決まってる。だけど、ルッツの『神の種』は、独占していいものじゃないことくらい、いくら私でもわかってるわ。それに……アヤカが言っていた通り、これからルッツとベアトお姉様には、ますます直接的な危険が多く迫ってくるはず。バーデン領にも、強力な私兵団が必要になるはずよ。そのためなら……」
目尻に何か光るものをためながら、ものすごく理性的なことを語るグレーテル。本当にこの一年ちょっと、この娘は大人になった。激しい感情を抑えるすべを身につけ、己の望みより回りの人々が幸せになることを優先する、いい意味での貴族女性になってきたんだよな。
だけど彼女の激情は、高い「勇者属性」を持っていることの裏返しでもある。それを抑えつけていることは、普通人である俺たちと比べ物にならないくらい、彼女にとって苦しいことであるはず。
そうだな、俺に出来ることはほとんどない。せめて彼女の思いやりに感謝して、少しでもその屈託を慰め、鎮めてあげないとな。
肩を静かに抱き寄せれば、彼女は抵抗せず自然にまぶたを閉じて……俺はその紅い唇に、深く口づけた。
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