第152話 俺好み?

「侯爵閣下に、敬礼!」


 十人の帝国女性が横一列に並んで俺に向かって礼をほどこす。さすが全員軍人だ、背筋がピンと伸びて指先まで緊張感が一本通った敬礼は、実に美しい。この世界で女性が男性に対して公式に敬意を表する場面は少ないのだが……彼女らの身分が現在奴隷で、俺がその主の配偶者であるのだから、この場合はこれが適切なんだろう。


「諸君らには、世話をかける。皆息災でバーデンに帰って来られるよう、力を尽くしてもらいたい……解散してよし」


 俺の言葉に一礼して、去っていく帝国女性たち。もう少しフレンドリーに話したいところなのだが、身分的にそうもいかないところが、難儀なところだ。


 女性たちは、二十代が中心だ。指示を出している隊長格のひとが、三十ちょい過ぎか。そんな中に、一人だけ思いっきり若い……恐らく俺と同年代の娘が一人いる。


 チョコレート色の髪をお下げに結って、前髪をぱっつん切り揃えた、この時代としては飾り気のない感じの装いが新鮮だ。紫色のくりくりした瞳が忙しく動き、やや大き目の口からは今もひっきりなしにアニメ声のさえずりがこぼれている。なんだか目を離せない感じの女の子だな。


「彼女、十四歳なんだって。私たちより年下の軍人さんなんて、滅多に見ないから新鮮だよね」


「う、うん」


 グレーテルの何気ない調子の軽い言葉で、背中に汗を流れる俺だ。ちょっと眺めていただけなのに、俺の関心が彼女に向いたことをさらっと見抜かれてしまった。やっぱり女性ってのは視線を読むことが得意だよなあ。


「残念ね、あの子だけは誓紙を提出しなかったのよ。まだ子供だから『神の種』で子供を授かることには興味がないのですって。じゃあ何で志願したのって聞いたら『王都の街が見たいから』って言うのよ、面白い子よね」


 何が「残念」なんだかわからないけど、面白い子であることは確かだな。戦争奴隷である悲壮感など毛ほども感じさせないあの明るさは、どこから来るのだろうか。一回、話してみたい気がするけど……


「やっぱりルッツが興味を持っちゃったか……ルッツ好みのような気がしてたんだ、仕方ないわね」


 うん? 何だかこの幼馴染は、俺があの子を好きになっちゃったと勝手に独り決めしちゃったらしい。しかもなぜだかヤキモチを爆発させるでもなく、ただ優しげに見守っている。俺は別に、あの子とあんなことしたいとかこんなことしたいとか、思っているわけじゃないぞ……たぶん、今は。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「え~っとね、彼女はミカエラ。ヘルスホルム騎士家の三女だっていうから、ギリギリ貴族階級の端っこにいるって感じね」


 俺が頼んでもいないのに、あの後グレーテルは勝手にチョコ髪の元気少女に突撃し、いろいろ根掘り葉掘り聞いてきたらしい。興味のないふりなんかしたら逆にぶち切れられそうだ、大人しく感謝しつつ話を聞くとしよう。


「今回付いてきてくれた魔法使いの中で唯一土属性、そして帝国では貴重なAクラス魔力持ちだけど、実家での扱いはひどいものだったみたいね……彼女、字の読み書きができないのよ」


「騎士階級でそれって……うそだろ?」


「残念ながら本当なの」


 Sクラス魔法使いなど存在しない帝国において、Aクラスのミカエラは最高級の魔法使いとして処遇されるべき存在であったはずだが、彼女の実家はそう考えなかったようだ。むしろ彼女の能力を手っ取り早くカネに換えることを優先し、五〜六歳のころから山師や冒険者に連日貸出し、高い料金を取っていたのだという。そんな年代に施すべき貴族としての素養教育は当然与えられず、平民でも半数は会得する読み書きですら、学ぶことを許されなかったのだ。


「まともに育てれば要職に就けただろうに、どうしてヘルスホルム家は……」


「彼女だけ、父親が誰だかわからないそうなの。四歳の時、母親の当主が亡くなって……齢の離れた姉が後を継いだけど、その人が彼女を家に置いておきたくなかったみたいね」


 なるほど。帝国の高位魔法使いは風か水が多いのだと言うが……彼女の高位土属性は、母親が王国人の種を受けたゆえのものかも知れないな。


「だからって……」


「そう、ひどすぎるよね。だから私は、彼女と友達になって、守ってあげることにしたわ」


 義憤に眉を寄せたグレーテルは、こんな時に不謹慎だけど……凛々しく美しかった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 宣言通り翌日から、やたらとグレーテルがミカエラに構うようになった。紙とペンを与え、休憩時間になるとアルファベットを一文字一文字書かせては、ああでもないこうでもないと指導している。ミカエラ自身は字を書くことにそれほど興味がないようだけど、読むことには興味津々のようで、グレーテルから本を一冊借りて、これはどう読むのか、あれはどういう意味かと質問攻めにして、意味が分かると嬉しそうに笑っている。だけどあの本、ちょっとえっちな恋愛小説じゃなかったっけ。未成年にあれ渡しちゃうんだ……


「大丈夫よ、ミカエラもまったく男女のことに興味ないわけじゃないみたいだから。望みはあるわね」


「何の望みなんだよ……」


「あらルッツ、ミカエラのこと、気になってるんでしょ? 愛人にしたいとか?」


「おいおい……」


 暴走気味のグレーテルをなだめつつも、逆境に育ったとは思えない無敵の明るさを振りまいているミカエラの姿が脳裏から離れない俺は、やはり浮気性なのだろうか。

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