第153話 思わぬおめでた
近接戦闘最強のグレーテルに、付き従う大勢の魔法使い、そして物陰から闇一族が従う……過剰戦力感が漂う護衛陣のお陰で、俺たちは数日後、無事に王都に着いた。帝国風魔法使いたちによる索敵は何回か怪しい気配を検知していた。けれど俺たちの備えが固いことを見た敵は、具体的な行動を思いとどまったようだった。
王都での宿舎は、もちろん実家のフロイデンシュタット伯爵家改め侯爵家のタウンハウスだ。先触れを出しておいたこともあって、門の前にはジーク兄さんとアルブレヒト父さん、そしていつも全国を飛び回っている母さんまで珍しく勢ぞろいして、出迎えてくれた。こういうのって、結構嬉しいよなあ。
「母さん、父さん、ただいま。兄さんも元気だったみたいだね」
「ルッツ! 待ってたわ!」
帰省の挨拶にかぶせるように、母さんが声を弾ませ、アヤカさんと双璧をなす偉大な胸部装甲でぎゅっと抱き締めてくれる。実に気持ちいいのだけど……なにか違和感がある。胸もさることながら、母さんのお腹が当たる感触が。軍人として日々自分を鍛え上げている母さんが、太ることなどありえないのだが……
「母さん、あの、もしかして……」
「そうよ! ルッツに、弟か妹ができるのよ!」
え、マジか。母さんって、もう四十三歳じゃなかったか? 日本では四十代前半の出産は珍しくなかったけど、あれは医療が発達した世界だからできたことで……この中世的な社会で高齢出産する気なの?
そういや、火属性の女性は、避妊魔法が使えないって言われていたよなあ。父さんとは相変わらずラブラブみたいだったし、つい勢い余っちゃったのかな。思わず父さんに生暖かい視線を向けると、何だかばつの悪そうな表情だ。
「何か変なこと考えてるわね? 大丈夫よ、私がアルブレヒトに『欲しい』って言ったんだもの。あなたたちの活躍を見ていたら、もう一人だけ作りたくなったのよ」
「でも、身体は大丈夫なの?」
「普通の女性と違って、めちゃくちゃ鍛えてるからね。それに、王都には治癒魔法使いがたくさんいるから、万一のことがあっても、なんとかなるのよ」
なるほど、そういうものか。まあ光属性と水属性の魔法使いは、概ね治癒魔法を使えるからなあ。じんわり効くタイプは水属性、ヤバい時に全力で助けるのは光属性という違いはあるけど、王都にはどっちの属性もいっぱいいるしなあ。二度も国難からベルゼンブリュックを救った「英雄」母さんのためなら、陛下も助力を惜しまないだろう。
そして、ここ二十数年というもの遠征三昧だった母さんも、さすがに今回は長めの産休育休をとることにしたのだという。リーゼ姉さんを筆頭とした水魔法使いが軍の主力に加わったことで、母さんの負担が大きく下がったんだって。まあもともと母さんの魔法は殲滅系、国内の治安維持目的には火力過剰で使いにくかったわけだし……今回の子作りは軍務を次代へ引き継ぐ、いい機会になるんじゃないのかな。
「そうかあ。俺はどっちかというと、妹が出来たら嬉しいな」
「まあこればっかりは、選べないからね。私の種はルッツみたいに、便利に女の子ばかりつくれるものじゃないみたいだからなあ」
「うん、もちろん弟でも嬉しいよ」
俺の無責任な希望を、柔らかくたしなめてくれるのはアルブレヒト父さん。うん、どっちがいいとか、俺が言っちゃあいけないよな。
「でもね、予感がするんだ。リーゼを産んだ時と同じような感覚があるの……きっと、ルッツに妹を見せてあげられると思うわよ」
母さんが本当にうれしそうな表情になって……その微笑みを、優しく眼を細めている父さんに向けた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
その日の夕食は、楽しいものだった。グレーテルはミカエラを連れて実家のハノーファー家に帰っていったけど、父さんと母さん、ジーク兄さん、そして軍務をバタバタと片付けてギリギリに帰ってきたリーゼ姉さん。放蕩者の長男次男は別として、ずいぶん久しぶりに家族が顔をそろえたのだ。
「また背が伸びたわね、男の子はすぐ大きくなっちゃう」
「ほんとよね。この間までこのくらいしかなかったのに……今やこんなに立派になって」
姉さんと母さんが俺をじっくり眺めて論評するのが微妙に居心地悪いぞ。ジーク兄さんもニマニマしつつ、まったく助けてくれる気配がない。
「それで……いつ、するつもりなの?」
いきなりぶっこんできた母さんの言葉に、飲んでいたスープを気管に入れて、思いっ切りむせかえってしまう。げほげほとせき込む俺にちらりと視線を向けて、姉さんが口を開く。
「うん。できるだけ早く、ルッツとしたい。だけどたった今っていうのは無理かな……魔法使いの再編が思ったより大変で、軍務を長期間休むわけには行かないから」
「そっか。リーゼの立場じゃ、子作りのタイミングは難しいわね」
あれ? 母さんの気にしているのは、仕事のことだけなんだ。俺が姉さんとそうなることは、全然気にならないのかな?
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