第154話 いいのかなあ

「まあ世間一般から見たら、あまり良いことじゃないのかも知れないわね。でも、私とアルブレヒトは以前から、覚悟してたわよ。リーゼがルッツに向ける真剣な目を見てたら、いつかこうなるってわかってたもの」


 小さいため息とともに吐き出された母さんの言葉に、常識人の父さんまで大きく一つうなずいている。ジーク兄さんも以前からわかってたみたいだし、結局のところ家族みんなにバレバレだったってわけか……なんかものすごく気恥ずかしいぞ。姉さんは頬を染めながらも、視線を伏せることなく真っ直ぐ母さんを見つめている。


「ごめんなさい、母さん。侯爵家次期当主の私が、教会に祝福されるまともな婚姻ができないなんて。でも、もう私はルッツ以外の男性と結ばれるなんて考えられないの」


 きっぱりと言い切る姉さんの凛々しい横顔に、心臓がどくんと大きく一つ波打つ。こんなに想ってもらったら嬉しい、とても嬉しいんだけど……


「姉さん……だけど、フロイデンシュタット家の跡継ぎはどうするの? 俺はどこかで種馬さんを頼まないといけないって思っていたけど」


「言ったでしょう。私はルッツ以外の男に抱かれる気はないわ。種馬なんかいらない」


「じゃあ、養子を取るってこと?」


 確かに、それもありかもなあ。寄親である公爵家は子沢山だから、末娘あたりなら喜んで養子にくれそうだし。いや、血筋にこだわるなら、兄さんの種がついた女性の子を養子にするのもいいな。兄さんは只今人気急上昇中だから、これからもたくさん子作りするんだろうし。


「養子も必要ないわ。フロイデンシュタット侯爵家は、私とルッツの子に継がせるから」


 え、そう来ちゃうの? それっていろいろ、マズくない?


「あのさ、何ていうかほら……血が濃い子作りは良くないって言うじゃないか……」


 モゴモゴした口調になってしまうのは、仕方ない。だって母さんや父さんがいる前で、あんまり生々しい話をするのは、気が引けるってもんじゃないか。


「確かに、至高神は近親婚を禁じているわね。とはいえ、いにしえの神々にまつわる伝説なんかを読むと、姉弟で結婚して子供を作るとか、普通にあるみたいよ? まあ、なるようになるでしょう」


 そんな気楽なことを言うのは、なんと母さんなのだ。う〜んこの人、おおらかなところが魅力だけど、自分の息子と娘の子作りを、こんなにあっさり肯定してしまうんだ……大物なのか、それとも一本何かが抜けているのか、どっちなんだろうなあ。それを聞いたリーゼ姉さんが、我が意を得たとでも言うように白い歯をみせて言葉を継ぐ。


「確かに、何代も血縁の近い同士でつがっていると、能力は優れるけれど身体の弱い子が生まれることが多くなるとは聞くわね。私は子供の魔力なんてどうでもいいけど、健康に育って欲しいとは思うわ」


「だったら……」


「ねえルッツ、私の魔法属性を忘れてない?」


「あっ……」


 そうだった。よく考えるまでもなく、姉さんは水属性魔法使いの頂点に立つ存在だ。そして、水属性の高位魔法使いはほぼ例外なく、治癒魔法の能力を持っているのだった。それはグレーテルの光属性魔法みたいな派手な治療はできないけれど、じわじわ優しく、言うなれば漢方薬みたいに効く術なんだ。俺自身、グレーテルにぶちのめされた後なんかに、何度もお世話になったよなあ。


「子供がお腹に宿ったら、私は毎日『この子が健康に生まれますように』って願って、魔力をたっぷりと注いであげるの。何か悪い病気を持っていたって、半年もこれを続ければ、必ず治る……いえ、治して見せるわ」


 強い意志がこもった茶色い瞳が、俺を真っ直ぐに見つめる。俺との間に、真剣に愛の結晶を望んでくれているんだ。ここで俺だけキョドっていたら、ダメだよな。しっかり覚悟を決めて、受け止めないと。


 俺は席を立って、姉さんの隣にひざまずく。白くて細い手を取れば、それはひんやりと滑らかな感触を伝えてきつつも、細かく震えている。その手の甲に静かに口づければ、姉さんの頰がぽっと桜色に染まって……


「はいはい、お二人さん、いちゃつくのはそこまでよ。何だか放っておいたら今晩にも寝床を共にしそうだけど、子作りは計画的にしないとダメよ! ほら、今日は久しぶりにみんなで集まったんだから、楽しいお話しようよ、ねえルッツ、今のバーデンの話を聞かせて? 母さんが知ってるあの領地は、一面『魔の森』だったはずなのよね!」


「そ、そうね。私も、ルッツがどんな暮らしをしているか、気になるわ!」


 ちょっとおちゃらけた母さんの言葉で、シリアスになりかかった雰囲気が、どこにでもある家族の団らんに戻った。兄さんは魔物討伐の話に目を輝かせ、母さんは意外なことに温泉ファンで、バーデンの大露天風呂に興味津々だ。辺境遠征のときに浸かる機会があって、それ以来ハマったんだとか。


 そうだ、いつか俺たちの領地にみんなを招待しよう。その時びっくりさせられるように、もっと立派な街を造って、帝国人も公国人も笑って働ける、そんなバーデンにしなきゃいけないな。まあせいぜい、頑張るとしようか。

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