第155話 王宮にて

 久々に伺候した王宮の謁見広間で、俺は女王陛下の前にひざまずいている。


「ルートヴィヒ卿、未開地の開拓ご苦労であった。バーデン領の急速な発展ぶりは伝え聞いている。数万の敵捕虜をよく従え、魔の森を急速に拓いていると。そして魔銀鉱山の試掘も順調のようだ、これで我が国の魔法使いたちは、また一段強くなるだろう……そなたの功績は、戦が終わった後も赫赫たるものがあるな」


 まあ、公式にはそういう評価になるのかも知れないけど、俺的には首を傾げざるを得ないよなあ。捕虜を統率できているのはマックスの魅力だし、魔の森を異常な速度で削り取っているのはグレーテルの個人技だ。そして魔銀鉱山の発見は、公には出来ていないけどクラーラの功績で……こうしてみると俺って、その場にいるだけで、実際にはあまり働いていないんだよなあ。陛下に褒められても、微妙な気分だよ。


「いずれ褒賞を授けねばならぬとは思うが、このたびは適切なものが見当たらぬ。当面は、バーデン領への支援物資を増やすくらいで許してもらおう」


「はっ。すでに、過分の恩賞を頂いておりますれば」


 陛下に対してはいろいろ言いたいことがあるが、ここは文武官たちの前だ。一応かしこまっておくべきだろう。まあ、後付けでもなんかくれる気があるというのなら、マックスに男爵位でもくれるようにねだろうか。そうすれば遠慮なく彼に領地を任せて、ベアトと王都でいちゃいちゃできるんじゃないかな。


「また、妙なことを考えているようじゃの。まあ良いわ、こたびは久しぶりの王都であろう、建国祭を存分に楽しんでゆくがいい。それから……」


「何でしょう?」


「まず本日は、そなたの正妻の宮に寄ってゆけ。ベアトの茶を味わうことも、卿の大事な義務であるからの」


 その言葉に、相変わらずの陶器人形顔で陛下の隣に座るベアトが、珍しく口元をほころばせた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 鉄板のクールフェイスを崩して、嬉々とした様子で自ら俺に紅茶を入れてくれるベアト。まだお腹は目立たないけど、まとうドレスはふわっとした、身体を締め付けないタイプだ。茶器を置いた彼女が、テーブルごしに向かい合ういつもの席ではなく、俺の隣にいそいそと座る。


「ルッツ、触ってみて」


 そう言って俺の手をとり、自分のお腹に重ねる。なんとなくほんわか暖かい気がするけど、まだその中にいるであろう子供の様子は感じ取れないや。


「ふふっ。よくわからないだろうけど、ルッツに愛してもらった証拠が、確実にここにいる」


 そんな可愛いことを言いつつ、翡翠の瞳を真っ直ぐ向けられたら、もうたまらん。その甘い唇を存分に味わって、それからまたお腹を撫で撫でしてみる。


「あっ……魔力が、伝わってくる……」


 ああ、そうだ。俺は接触型の大容量モバイル魔力バッテリーなのだった。あまりじゃぶじゃぶ魔力を注ぎ込むと、子供にもなにか影響するかも知れない、ここは自重しないとな。


「大丈夫。ルッツの魔力が、悪さをするわけがない」


 ナチュラルに俺の思考を読んだらしいベアトが、ぶっきらぼうなフォローを入れてくる。


「私は幸せだ。あと数ケ月で、かけがえのない宝物をこの手に抱くことができるのだから」


 彼女の目尻が、優しげに少し下がる。陶器人形と呼ばれる硬質の美貌が、今やすっかり母親っぽい表情に変わっているのを見れば、俺の感慨もひとしおだ。


 だけど、不意にベアトが真顔に戻って、翡翠の視線を俺に向ける。


「やはりグレーテルには、ルッツの子を孕んだきざしはないのか」


「うん、今月も、だめだったみたい」


「そうか……ルッツはこれまで、情を交わした女をすべて初月で孕ませてきた。なのにグレーテルだけはもう四ケ月……やはり、Sクラス光属性持ちともなると、妊娠が難しいのだな。あの子は私以上に、ルッツの子を強く求めているというのに」


 ベアトの眉尻が、切なげに下がる。ぼっち体質のベアトにとって数少ない親友で、かつ妹分であるグレーテルの望みを叶えたいと、裏表なく思っているのだ。


「伝説に謳われる光の勇者も、やはり子供を残すことができなかったという。魔王の一撃にも倒れぬというその強い耐久力が、子種に対しても働いてしまうのだろうな」


「そうか……どうしようもないのかな」


 さすがにこんなファンタジー設定に、俺の現代知識が通用するはずもない。残念だけど、見守ってあげるしかないのだろうか。無力感に囚われつつベアトの伏せた目で長いまつ毛が揺れるのを眺めていると……不意にその目が大きく開き、翡翠の瞳が鋭い光を帯びた。


「ど、どうしたのベアト?」


「今、ひらめいた。もしかして、グレーテルに子供を抱かせてやることができるかも知れない」


「えっ……どうやって?」


「バーデン領には、ルッツをべたべたに甘やかす胸の大きな女がいるだろう、あれだ」


 いつも通り言葉の足りないベアトだけど、彼女の言わんとすることはその瞬間に理解できた。さすが、ファンタジー世界の王女だけのことはあるぜ。

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