第193話 決着

 まだ呆然としている宰相に、リーゼ姉さんが静かに告げる。


「ヴェルダン子爵は貴女に命じられてベアトリクス殿下の暗殺を仕掛けましたが、ボスである貴女のことを、それほど信じていなかったようですね。ことが露見したら切り捨てられる捨て駒であることを自覚していたのです……ですから最低限の保身を図るため、切り札を手元に置いておくことにしたのでしょう。貴女が得々と殿下の暗殺を指示する声を、魔道具で隠し録りしておいたというわけなのですよ。ですが、実行犯のツェツィーリアに、それを見せてしまったのが子爵の不覚でした」


 姉さんが一旦言葉を切ると、ツェリさんが大きくうなずいて引き取る。


「はい、アンネリーゼ卿の仰る通りです。私は暗殺を強要されたところで考えました……もし、ことが運よく成ったとしても、こんな悪辣な策を弄する宰相陣営が家族を無事解放するとは思えず、むしろ一族郎党弑逆の罪で皆殺しにして口封じをされるのだろうと。ですから私が死んだ後に、なんとか家族の生命を保証するために、事件に宰相が関与したことを示すあの魔道具を、何としても手元に置かねばならないと思い定めて……それを盗み出したのです」


 決定的な証拠をツェリさんに隠されたことは子爵の大失策だったが、彼女はそれをボスである宰相に報告しなかった……そんなことをすれば背信的な隠し録りがバレてしまうからな。代わりにツェリさんの家族を辺境領に送って、彼女に口を閉じさせることに成功し、あの日を迎えたのだ。


 事件後、子爵は自分たちへの波及を恐れた宰相たちにより暗殺者を送られて……魔道具の存在はツェリさんのみの知るところとなっていた。そしてアヤカさんが囚われの家族を取り戻したことで、ツェリさんは魔道具の処置を、俺に一任してくれたというわけさ。


「さて、起訴事実に対し、反論はおありかしら?」


 リーゼ姉さんの追及に、宰相は虚ろな目で何かぶつぶつつぶやいている。


「……私は悪いことを何もしていない、王国の安寧を図るには安定した統治体制が必要……そのためにはベアトリクスのような考えの読みにくい者を君主にしてはならないのだ……国王などという者は優秀な臣下の提案にうなずくだけの存在であるべき……」


 なんだか一貫性も納得性もない自己正当化の言葉をだらだら垂れ流していた宰相が、突然目をむいて叫んだ。


「これは陰謀だ! 同志たちよ、今こそ立ち上がれ。貴族寡頭体制による、選ばれし者による理想の政を実現するのだ!」


 もはや逃げられないと悟ったか、宰相は自派閥の貴族に、あろうことか王政を倒し貴族合議体制に移行せよと煽動を始めた。あきれたことに高位貴族の三十数人がそれに応じ、ある者は手に魔法の火を灯し、またある者は石礫をポケットから掴み出し、他の者は空気弾を目の前に浮かべる。高位貴族だけにその実力はみなAクラス……これは手ごわい。


「卿ら、本気ですか? 思いとどまるなら今ですよ?」


 お優しい女王陛下は説得を試みているけど、ここまで旗色を明確にしたら、戻ってこないでしょ。


 そして木属性のベアトだけじゃなく、土属性の陛下も建物内での接近戦は苦手だ。屋外なら土壁をば~んとぶっ建てて火球だろうが礫だろうが跳ね返せるけど、建物の中では意外に役立たないのが、土魔法なんだ。


「同志よ、陛下の身柄を確保して、ベアトリクスを倒せ!」


 宰相は調子に乗ってきたようだが、ここまできちんと準備してきた姉さんがそんなことを許すわけがない。


「愚か者ども! 天井をよく見よ!」


 リーゼ姉さんのよく通るアルトに応え、思わず上を見た貴族たちはその瞬間、まさに仰天した。氷の槍が数千本、まるでシャンデリアのように天井を埋め尽くしていて……今にも自分に向けて落ちて来ようとしているのだ。


 俺の賢い姉さんはこの事態を予想して、謁見が始まる前からものすごい数の氷槍を天井に並べて浮かせ、しかも溶かさないように維持していたんだ。相変わらず、すごい魔法制御力だよなあ。


「皆さん、そのままで! 動くことを禁じます!」


「何を小娘、しゃらくさい! うぐっ」


 一人の貴族が蛮勇を振るい、姉さんの警告を無視して一歩を踏みだすと、天井から氷槍がなぜか一本だけ弾丸のような速度で落ちて、その鼻先をかすめた。かすり傷程度ではあるが、根拠のない勇気をぽっきり折るのには十分な一撃で……もはや先頭を切って動き出そうという者はいない。


「たった今のは、わざと外しましたが……次に動く者は、遠慮なく脳天から串刺しにいたします」


 姉さんの透明感あふれる美貌が、冷たい口調とあいまって、今は氷像でもあるかのように恐ろしく見える。


「叛意のある者がたくまずして明らかになってしまいましたね。手間が省けて有難いです……騎士たち、入室せよ! 叛乱を起こせし貴族どもを拘束しなさい!」


 そう言いながらリーゼ姉さんが浮かべた微笑は、いつも俺に向けてくれるほんわかしたそれと違って、獲物を食らわんとする肉食動物のそれに見えた。彼女のメインディッシュである宰相が、ようやく諦めたように肩を落とした。


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