第194話 【第四部終了】ベアトの卒業
「せっかくベアトが迎えたハレの日、思い切り豪華なドレスを誂えてやりたかったのだが……」
お腹のふくれたベアトの姿を見て、残念そうな表情をする女王陛下。
ハレの日ってのはあれだ……今日は王立学校の卒業パーティーなんだよな。
俺は出席するつもりがなかったけれど、クラーラの出産とルイーゼの洗礼、そこからつながる宰相派貴族の弾劾とイベントが続いて、その後始末にも立ち会わないといけない羽目になり……なんだかんだと王都滞在が長くなり、この日までずるずると居残ってしまったのだ。
そんなわけで行き掛かり上、このイベントにもベアトのパートナーとして出ないといけないことになったわけなのだ。
「まあ、この腹ではコルセットも出来ない。でも私は、こうなって幸せだ」
お腹を撫でつつふうっと大きく息を吐き、ぶっきらぼうに応じるベアトは、政治科の次席卒業生だ。王族としての公務が増える中でも、根が真面目なベアトは学業を怠らず、なんとか二位の座を守りきってゴールしたのだ。
「そうだな。だがそろそろ、公務も控えめにせねばならぬな。何しろ初子なのだから」
すでにルイーゼの誕生でおばあちゃんになっている陛下だが、跡継ぎ娘の出産には気合が入りまくって……むしろはっちゃけ気味であるらしい。ベアトの魔力増大で女子の誕生が確実になっているのだから、なおさらだ。
「大丈夫。アデルがうまく調整してくれているから問題ない」
そう口にしながらベアトが視線を向ける先には、同じ頃出産するはずなのにそれほどお腹も目立たずしゅっと凛々しい、アデルの姿があった。彼女はこのパーティーに、パートナーを連れてきていない……なにしろ、女性のパートナーがほしいっていう人だからなあ。
「来月からは、儀礼の類はクラーラ殿下にお願いするよう、ご了承頂いています」
さすが根回しはばっちりのようだ。すでにベアトのスケジュールはすべて彼女の管理するところとなっていて……肩書から秘書官「補佐」の文字は取れ、代わりに「首席」がついているのだという。いやはやこの子、優秀すぎるでしょ。
そして優秀すぎるこの◯塚スターは、ベアトの秘書になった翌月から、学校に通うことを放棄して職務に専念してしまったのだという。実のところ前年度までに、全課程の単位を取りきっていたんだってさ。それ以来半年以上欠席しっぱなしでも、首席のポジションは微動だにしなかったというから……尊敬してしまう。
「そうだな、クラーラ姉も貴族どもに振り回されずに済むようになったのだから、もっと王族として前面に出てもらってもいい」
ベアトの言う通り、もはやクラーラを背後から操ろうとする者は、王宮にいない。
あの日、陛下の御前で陰謀をすべて暴かれた宰相は、取り巻きの有力貴族もろとも、失脚した。これまで多少貴族どもが増長した振る舞いをしても、過去の功績に免じて見ないふりをしていた女王陛下だが、今度ばかりはあまりの腐りように呆れ、吐き捨てるように言い放った。
『ベアト、お前が国を治めるに役立つ者だけ残せ。他は誅殺して良い』
命ぜられたベアトも、厳格に貴族を選別した。
高位貴族の三分の二は反ベアト派だ。うち半数が何らかの形で陰謀に関わっていたが、女は処刑、男は国外追放された。この男女逆差別っぷりに思わず引いてしまう俺だが、高位貴族の女性は優秀な魔法使い……生かしておいたらまた王国に害をもたらすだろうからなあ。
残る半分をベアトが直接面接し、その半ばが「精霊の目」に引っかかって平民に落とされた。結局のところ高位貴族の数は、都合半分になってしまったわけだが……王室に対する忠誠が確かな者だけが残されたのだ、今後は誰が女王になっても、やりやすくなるだろう。
「これから子供を産もうというのに……私の手はすっかり、血にまみれてしまっているな」
「そんなことを仰ってはいけません。ベアト様は生まれてくる御子のため、その進むべき道を、掃除しただけのこと」
ベアトが視線を伏せると、きっぱりとその行為を肯定し励ますアデル。
「うん、ありがと……そうだ、今回の後始末ではずいぶんアデルに助けられた。何か欲しい恩賞はないか?」
「恩賞でございますか……そうですね、御子に従って同じ道を歩く栄誉を、この子に与えていただきたいと望むのは、不遜でございましょうか?」
そう言いながらアデルは、なぜか俺の手を自分のお腹にいざなう。載せた掌にぽこっと軽く中で暴れているような感触が伝わってきて……この子は、ずいぶん元気なようだ。
「……嬉しい。アデルにそう言ってもらえるのは、実に嬉しい。アデルの子には、私の娘と無二の友になってもらいたい。だが、そ、その……」
そう答えたベアトだが、なにか言いたげな微妙な表情をしている。
「うん? どうしたベアト?」
「……私のお腹も、触って欲しい」
ベアトが、アデルに触れる俺の手を、ジト目で睨んでいる。アデルの方はなんだか勝ち誇ったような表情で、主君に笑みを向けていて……
う〜ん、このねっとりしたバトル、これからずっと続くのか?? 思わず頭を抱えたくなる俺だった。
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