第192話 動かぬ証拠は

 ゆっくりと広間に歩み出るツェリさんの姿を見た貴族たちが、一斉にざわめく。


「あの神官、まだ処刑されていなかったのね」

「どこかに匿われているという噂だったけど……」

「大逆犯の分際で、今更のこのこ出てくるとは……」


 もちろん、好意的な声はまったくない。少し心配になって彼女を見やれば、その顔色が緊張で青白くなっているけれど足取りはしっかりとして、紫色の視線はまっすぐ宰相を射貫いている。うん、大丈夫だろう……家族を守るために一人で戦った、強い女性だもんな。


 そして彼女が、陛下とベアトの前でひざまずいて頭を垂れる。陛下は小さくうなずき、ベアトはその陶器人形に例えられる仏頂面を、ぴくりとも動かさずツェリさんを見下ろしている。


「そなたの名を、述べるのです」


「はい。私は至高神に仕える者、ツェツィーリア・フォン・ヴェストホーフェン」


 彼女が面を上げると、亜麻色のセミロングがはらりと肩に流れる。そしておもむろに、リーゼ姉さんの尋問が始まった。


「神官ツェツィーリアよ。そなたの犯した罪を詳らかにしなさい」


「はい。私はヴェルダン子爵に命ぜられ、王冠授与式にてベアトリクス殿下を害するべく、光魔法で皆さんの視覚を幻惑した隙に、渡された魔法の短剣で殿下を刺さんとしました。ですがルートヴィヒ殿下が御身を犠牲にして立ちはだかられ、闇の刃はベアトリクス殿下に届きませんでした」


「そなたは何故、そのような大逆の振る舞いに及んだのか?」


「私の両親と弟が人質に取られ、やらねば彼らを殺すと脅されましたので」


「脅されたのは誰からだ?」


「直接的には、ヴェルダン子爵からでした。さらに彼女は言いました、この件を宮廷に訴えても無駄である、これを命じたのは宰相閣下ご自身であるからと」


 おおっと言うような低いざわめきが、貴族たちの中から漏れる。続いて怒りの声が、ベアト派や中立派の貴族から次々と上がる。


「なんたることだ! 宰相の地位にありながらそのような陰謀を!」

「ベアトリクス殿下を排し、クラーラ殿下を自らの傀儡にせんとの野望か!」


 だが、そんなことで鉄面皮の宰相が陥落するわけもない。肥満の目立つこの中年女は、まなじりを吊り上げて言い放った。


「ふん、このような重大犯罪に手を染めた女の言うことなど、何の証拠にもならぬ! 大方生命と引き換えに、嘘の供述を強要されているのだろう。よしんば証言が真であったとしても、ヴェルダン子爵が私の名前を騙っただけのことであろう。私が関与したという証拠など、何もないはず」


「確かに、宰相の言には理がありますね。神官ツェツィーリアよ、そなたは宰相が黒幕であるという子爵の言を、信じたのですか?」


「はい、間違いないと信じました」


「それは、どうしてですか? 宰相の仰っている通り、子爵が虚言を弄しているだけとは、思わなかったのですか?」


 姉さんのその言葉に、ツェリさんが目を三割増し大きく見開いた。そして大きく息を吸って、決定的な言葉を吐き出したのだ。


「子爵が私に、宰相閣下の言葉を聞かせたからです」


「どうやって?」


「風魔法を込めた魔道具のようでした。会話を記録して、再生する機能があるようでした」


「ふむ、その魔道具から、どのような言葉が?」


「はい、はっきりと覚えております。『ベアトリクス殿下に死んで頂かねばならぬ。闇魔法付与の短剣を授ける故、必ず仕留めよ』と」


「何だとっ!」


 これまで黙然とやりとりを聞いていた陛下が、その豪奢な色濃い金髪を揺らして、玉座から立ち上がる。貴族たちからも今度こそ、驚きと怒り、そして宰相を非難する声が一斉に噴出し……。


「何を申しておる! そんな虚言、何の証拠もないではないか。事件の後、ヴェルダン子爵の屋敷も領地も、徹底的に捜索された。だがそのような『風の魔道具』など、発見されていないではないか! アンネリーゼ卿、貴公は証拠もなしに、宰相の私を貶めようというのか?」


「証拠なら、ございます……ツェツィーリア?」


 視線を向けられたツェリさんが、もう一度深呼吸をしてから、ゆっくりと言葉を継いだ。


「仰る通り、そのような『風の魔道具』は子爵邸から発見されませんでした。それは、私がそれを盗み、隠しておいた故です」


「な、何だと……」


 白い法衣のポケットから取り出したそれは、一辺五センチばかりのキューブだ。ツェリさんがゆっくりそこに魔力を流せば、まごうかたなき宰相の声が流れ出す。


『ベアトリクスは追従も脅しも通じぬ、厄介な小娘よ。あれが王位に就けば、我々の一派は罷免されよう。それだけではない、過去の蓄財なども追及され、問罪されかねぬわ。よいか子爵、何としてもベアトリクスに死んでもらわねばならぬ。闇魔法が封じられたこの短剣を授けるゆえ、必ずやり遂げよ』


 その場にいるすべての者が、宰相の悪辣な台詞を聞いた。そして悪事を暴かれたその本人は、半開きの口をぷるぷると震わせ、自失していた。


「な、なぜ、こんなものが……」

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