第191話 ラスボスを追い詰めろ

 こめかみに汗を流しながらも、宰相はなおも強弁する。


「これは……王国の将来に戦争捕虜どもが不安要因になる、それを防がんとするものだ!」


「大動乱になりかねない仕掛けですね、なぜ卿はそれを正当化するのですか?」


「今はまだ戦に敗れたばかりで気も抜け大人しく従っているが、奴らはやがて現在の待遇に不満を抱き、反抗を開始するだろう。魔法使い七千人強を含む三万の捕虜がまとまって乱を起こせば、王国の安寧は脅かされる。だが、帝国捕虜と公国捕虜を噛み合わせ、消耗した後に処断するなら、鎮圧に必要な兵力は少なくて済む」


「それも一つの理屈です。しかし陛下のご承認を得ず、地方領に騒乱を起こす権限が、卿にはあるのですか?」


 リーゼ姉さんの追及は鋭く続く。


「臣は陛下より、内政に関する権限を広く委譲されている、本件はその一環。陛下への奏上は、奴隷どもが噛み合いを始めた後に行うつもりであった。そうだな、内務大臣?」


「はっ、その通りにて……」

「臣も存じておりました」

「法務官の私も、決定に加わっております」


 独断でないことをアピールする宰相に、腰巾着どもが追従する。合議して始めたからと言って、陛下に無許可で騒乱を起こす罪が許されるわけでは、ないと思うがなあ。


「卿らは私が、民を害することを何よりも嫌っていることを、知っているはずですね?」


 陛下の声が低くなる。


 そう、お甘い女王陛下だが美点もある、それは支配下の民に優しいことだ。将来の不安要因だからといって、仲間割れさせたあげく弾圧するなど、報告が上がれば許すはずもない。そしてもちろん、閣僚たちはそれを知っていたはずだ。


「もちろんでございます。ですが捕虜どもは我が国の民ではない、いずれ故国に帰る者、しかも奴隷身分です。そ奴らが、我が善きベルゼンブリュック国民の未来に害を及ぼすとなれば、どちらを優先すべきかは、自明と存じますが」


 しゃあしゃあと言い放つ宰相に、陛下も言葉を失う。


 この妖怪みたいな中年女貴族の主張はあれこれおかしい。「未来に害を……」とか言ってるけど、それは宰相たちの脳内で勝手に作られた、ひとつの可能性でしかない。その可能性がほんのちょっとあるからって、現在何も罪を犯さず未開地開拓に汗を流している、戦争捕虜たちを害していいなんて論理は、そもそも違うだろ。


 だが、これだけ堂々と胸を張って主張されると、何だかそこにも一分の理があるように、周囲からは見えるようだ。そして高位貴族たちは戦争奴隷など、同じ人間だと思っていない。


「まあ、宰相のなされようは少し乱暴だったと思いますけど、国の将来を憂えてのことであれば、致し方ないのでは……」

「所詮、被害にあうのは奴隷どもでありますしね」

「これまでベルゼンブリュックの為に功のあるお方、厳しい罰は避けるべきで……」


 徐々に、広間に集った貴族たちを、寛大な処分を求める雰囲気が支配していく。もちろん、過半を占める宰相派の者たちが、そうなるように誘導しているのだ。宰相がにやりと、口元にいやらしい笑みを刷く。


 そんな空気を切り裂くように、リーゼ姉さんがひときわ大きく声を上げる。


「なるほど、長年宮廷に巣食いし妖怪は、多数の眷属をお持ちのようですね。だが、ベアトリクス殿下暗殺を企図した大逆の罪は、何と弁護しても許されるものではありません!」


 そうだ、王族を害せんとする行為は、いかなる理由があれど、許された事例はない。これまでの王国においては、一族すべて死罪というのがお約束だ。


「ほほほ……もちろん王太女殿下を弑する企みを為したというのであれば、臣はこの皺首を、潔く差し出すでありましょうな。しかしあの事件、実行犯は神官の小娘、そそのかしたはヴェルダン子爵なる不平貴族だったではありませぬか。しかも子爵は自分の罪に脅え、自ら生命を絶っております、臣には何の関係もございません」


 自ら生命を……? どうせ黒幕がバレないように、トカゲのしっぽ切りよろしく、お前らが暗殺したんだろ? 


「それともアンネリーゼ卿が、臣がそれを指示したことを証明してくれると?」


 宰相の口元が、また醜く歪む。どうせ確たる証拠など出てこないと、決めてかかっているのだ。リーゼ姉さんは、そのピンク色した形良い唇を引き結んで、無言だ。


「どうなのだ、フロイデンシュタットの小娘!」


 上っ面だけは畏まっていた宰相が、ここぞとばかりに嵩にかかって威圧してくる。まあ、この宰相は侯爵家、母さんの活躍でフロイデンシュタット家が侯爵に格上げになって家格が並ばれることに、最後まで反対していたというからなあ。


 だけどリーゼ姉さんは脅しにまったく動揺せず、その口角を少し上げた。


「そうですね、この件は大逆のこと。貴族の重鎮を罪するには、きちんとした証拠を提示せねばならないでしょうね」


「愚かなことを! そんなものがあるはずはない!」


「どこまでも否定されるのですね。それならば致し方ありません……彼女をここへ」


 リーゼ姉さんが目くばせすると、二人の騎士が広間の扉をゆっくりと開いた。その先に立つ、神官衣をまとう若い女性は……。


 もちろん、ツェツィーリア……ツェリさんだった。


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