第144話 開発は順調に
冬の間も開拓はやまない。来年もっと広い面積の作付けを行うためには、出来るだけ魔物の領域を削り取っておかねばならないし、なにしろもう一つの目的がある。クラーラが俺のためにと見つけてくれた、あの魔銀鉱山までの道をつけるのだ。
結婚式前後に滞在した王都で、鉱山の経営については概ね女王陛下やベアトと合意している。掘削や精錬の技術者を王都から派遣し、肉体労働者はバーデン領から供出する。なにしろ、男だけは売るほどいるからな。
産出するだろう魔銀は、全量王室に納入する。価格は、ポズナニ王国から輸入するものの、三割引きで。もっとむしり取られるかと思ったのだが、この件に関して陛下は寛容だった。もちろんこの効果で輸入品も価格を下げてくるだろうし……魔法王国と呼ばれながら魔銀の不足で十分な術具を揃えられなかったベルゼンブリュックは、これで一気に戦力強化されるはずだ。
すでに精錬所の建設は開始され、従事する金属性の魔法使いも選抜してある。何しろうちの戦争奴隷のうち七千人やそこらは、魔法使いなのだ。レベルはそれほど期待できなくとも、数はすぐ揃う。坑道設計のプロも今か今かとスタンバイしている状況で、後は鉱山までの道のりを安全地帯にすることが残る最大のワークになっているのだ。
最大戦力であるグレーテルは、相変わらず魔銀の斧を振るっては、ものすごい速度で森を切り拓いている。自分を残して俺と関わる女性が次々と懐妊することについてはまだモヤモヤが晴れないようだが、少なくとも仕事をしているときに、その悩みを窺わせてはいない。
「ルッツ、お前の嫁さんは凄いな。これなら後一週間もすれば道が開けるぞ」
「うん、凄いのはグレーテルで、俺は何もしていないけどね。マックスがそんなに彼女を評価してるんなら、本人を直接褒めてあげてよ」
「うむ、そうしよう」
バーデンに住まう者たちは最近、グレーテルを「光の勇者」と呼んで崇めている。もともと「英雄の再来」という微妙な二つ名をつけられていた彼女だけど、あまりに「英雄」オリジナルの母さんとタイプが違う英雄ぶりと、光のオーラをまとった魔銀の斧を振り回す豪快な姿に、詩才を持つ者の創作意欲がいたく刺激されたらしい。
いまや伐採の現場でも休日にぎわう酒場でも「光の勇者」と言えばみなうなずく存在となっている……やや厨二臭い二つ名だが、「木こりクイーン」とか呼ばれていないことは、彼女の名誉のために良かったと思うことにしよう。
「ところで、捕虜の状況はどう? 不満とか、不穏な動きはないかな?」
そう、魔法使い数千人を含む三万弱の戦争奴隷は、見方によっては爆弾を腹に抱え込んでいるようなものだ。もちろん今やベルゼンブリュックの魔法戦力は圧倒的、叛乱を起こされても鎮圧は可能だけど……そんな事態になったら、今回の処理を決めたベアトに貴族たちの非難が集中して、王太女を辞退せよという圧力がいや増すことになるだろう。奴隷たちをコントロールし、気持ちよく働かせることは、ものすごく大事なことなのだ。
「うむ、彼らに与えた待遇がなかなか良いものだからな、今のところ怪しい動きはない。監視体制もばっちり敷いているから、ルッツは安心してくれていいぞ」
監視体制というのは、マックスの発案だ。奴隷たちを六人一組にして、六人のうち誰かが犯罪を犯したら、全員の連帯責任を問われるという触れを出したのだ。そして、仲間の怪しい行動を通報した者には、褒美を出す……早い話が奴隷同士で、相互監視させるってわけだ。江戸時代に五人組ってのがあったけど、まんまそれだなあ。帝国でも似た制度が運用されていたのだそうで、犯罪抑止効果は抜群なのだそうだ。
「お優しいベルゼンブリュックの王室には、嫌われそうなやり方だが……これはこれで悪い制度ではないんだぜ。支配者層がおかしなことを考えない限りは、だけどな」
マックスの助言はもっともだ。国の方針に反対出来ない仕組みは元世界じゃ嫌われていたが、少数の貴族層が多くの民を支配するこの世界では、こういうのも必要悪なんだろう。そして民のほとんどが敵国人というこのバーデンでは、彼の提案を実行する以外、方法がないからな。
そんなわけでそのへんの仕事もマックスにまるっと任せてみれば、実によく回ってる。最初は行政官を王都から派遣してもらう話もあったのだが、マックスとその側近だった若者たちで十分できると判断して、断ってしまった。
もちろん百パーセント彼らを信じるのは危険だから、闇一族をあちこちに配してゆるく監視しているけれど、なんら怪しい情報は上がってきていない。
「何だかいろいろやらされて、俺は本当に奴隷なのかって疑問に思う時があるよな」
「うっ……」
「いや、文句を言っているわけではないのだ、俺は感謝しているぞ。敗残の捕虜でありながら十分な衣食だけじゃなく女まで抱くことができて、この度は留守の間だけとはいえ、こんな大きい領の代官までやらせてもらった。ルッツの度量には、感心するばかりだ」
いやまあ、そんなに褒められると面映ゆい。実のところ俺には自分勝手な将来構想があるんだ。
俺がバーデン領の開発に張り付いている限り、王都にいるベアトとは一緒に暮らせない。だからある程度落ち着いたところで領の経営をマックスに任せて、俺は王都に戻りたいんだ。野望を叶えるためには、もっと彼に責任ある仕事をガンガンやってもらって、奴隷代表じゃなくきちんとした地位と報酬を与えないといけないよな。
「うん、まあ、頑張ってよ……」
ふふふ、社畜育成計画、発動中だぜ。
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