第64話 迂回作戦

 俺たちは深い森の中を、狩人くらいしか使わぬ獣道をたどって、重い装備を背負いつつこそこそ進んでいる。


 こんなことをする羽目になったのは、女王陛下が無理難題を俺に押し付けてきたせいだ。人間の盾として使われてしまっている民を害さずして、母さんの殲滅魔法を敵に浴びせる手段を見つけろという、まあとんでもなく無理筋の要求だ。


 なんだかここんとこの俺は、リーゼ姉さんの魔法を開花させたり、西部戦線で提案した陣形がうまく行ったりで、ちょっと目立ち過ぎたようだ。まあ、姉さんに関するあれこれは概ね、元世界で得た知識を使ってしまっているのだから、俺の能力とは言えないのだが……まだ陛下にそれをゲロってしまう決心はつかない。だから陛下の中で俺に対する期待が勝手に膨らんでしまったことは、ある意味自業自得ではある。


 そうはいえ、陛下のぶん投げてきた無理難題には、元世界の知識をもってしても名案が浮かぶわけもない。結局のところ「敵に悟られないように迂回し、背後から魔法をぶっ放す」という、まったく芸のない提案しかできなかったわけなのだ。


 そして陛下はあっさりそれを了承……して下さったことまでは寛大さと器の大きさを示していたはずなのだが、その後が台無しだった。


「うむ、その策やよし。ではその作戦の実行指揮を、ルッツに一任しよう。必要な戦力や資材はいくらでも出してあげるから、よろしく頼むね!」


 おいこら、そこはもう少し考えて決めるところだろうと、相手が女王陛下でなければ百万遍突っ込みたい。何かアイデアを出せっていうとこまでは納得していたんだけど、俺って実戦に役立つ能力、何も持ってないんだぜ? なんでそんな俺が、こんな難題を自ら解決できると思うんだ?


 しかし、相手はベルゼンブリュック絶対王政の頂点に立つ権力者。やれと命ぜられれば逆らえるはずもなく……俺は今にもあふれ出しそうな呪詛の言葉をぐっと飲み込みつつ、実行計画を立てざるを得なかったのだ。


 敵が進んでくる平原の東側には平坦な大地がどこまでも広がっていて、ひっきりなしに斥候が遊弋している。たとえ少数のグループであっても見つからずに背後に出ることは難しかろう。ならば、西側に広がる深い森を突破するしかない。鬱蒼と樹木が茂り、大型の害獣や魔物が徘徊している森は、熟練の狩人でもなければ踏み込む者もなく、ましてやそこを突っ切って先に進もうとする者など、そもそもいない。


 だけど俺は考えた。並みの旅人が越えることは不可能だが……あいにく俺のまわりにいる女性たちは、ある意味みんな「並み」じゃない。何とか彼女たちの力で、あの森を抜けることを考えようってことなのさ。


 俺はまず地元の狩人から二人を案内役として雇った。あとは出来るだけ少人数にすべきだ。もちろん、まずは母さん。そして森の中では接近戦での強さが重要になるから、危ない目にあわせることになっちゃうけどグレーテルには付いてきて欲しい。


「任せて! ルッツは私が、守ってあげるわ!」


 予想通りではあるけれど、グレーテルは男前な了承を返してきた。昭和な俺の心情としてはむしろ「守ってあげる」側に回りたいのだが……どうしようもないのがこの世界だ。


 そして敵の斥候を潰すためには、偵察術や暗殺術が必要だから、アヤカさんの部下である「闇の一族」から三人選抜し、それに俺を加えて合計八人……こんなものだろう。


 だけど出発準備を終えた俺は、深緑色のローブのフードから豪奢な色濃い金髪と、陶器人形のように白い頬をのぞかせた少女の姿を認めて、驚かされることになった。


「ベアト! なんでここにいるんだ?」


「婚約者が死地に赴くならば、ついていくのは自然なこと」


 あまりに純粋でストレートな言葉にズキュンと胸を撃ち抜かれてしまったが、これは止めなきゃ。こないだまで出征していた西部戦線みたいに、護衛にびっちり守られているならともかく、仮にも次期女王がこんな少数の特攻隊に参加するのは、絶対ダメだろ。


 森には獣も魔物も出る。そして、もしうまく敵の背後に回って魔法を撃つところまで成功したとしても、その時点で俺たちの周囲に味方はいないわけで……包囲されて捕捉されてしまう可能性だって非常に高い任務なのだから。


 それを一生懸命説いても、ベアトは首を縦に振らなかった。


「大丈夫、私が死んでもベルゼンブリュックの王統が絶えるわけではない。クラーラ姉様がうまく貴族たちをまとめてくれるはず」


「そんな簡単に……ベアトを後継にすることは陛下の勅命で」


「母さんの許可は取った」


 はあ? 何てことしてくれるんだ、女王陛下。アンタ以外に、誰がベアトを止められるんだよ。


「私の父親は王配ではなく、種馬」


 へぇ? ベアトはいったい、何を言おうとしているんだ?


「母さんが好きになった男性はたった一人、クラーラ姉様の父上だけ……彼は二十数年前に帝国との戦で陣頭に立って、死んだ。だからそれ以来、母さんは王配を立ててない」


「そうだったのか……」


「だから『愛する者を一人で死地に送り出すわけにはいかぬ』と私が言ったら、三時間部屋にこもったあげく、許してくれた。自分と同じ思いをさせるわけにはいかないそうだ」


 あの明るく優しい陛下に、そんな悲しい恋物語があったとは。思わず同情しそうになるけど……俺にこんな無茶振りしたのも陛下だしなあ、やっぱり文句言いたい。


「何よりも、今回は森を抜けるのだろう。森の中であれば、私より役に立つ女はいないぞ?」


 翡翠の瞳がいつもより大きく見開かれて、その視線が真っすぐ俺を射抜く。結局俺は、いつもと違って雄弁になった婚約者に、言い負かされてしまったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る