第65話 森を進む

「これは……快適ですね。森の獣道が、こんなに楽に進めるとは」

「さすがは、木属性最強の御方です」


 案内役として雇った狩人たちが、口々にベアトを賞賛する。褒められて悪い気はしないのだろう、ベアトも白皙の頬を少しだけ桜色に染めて、俺にしかわからない程度だけど、口許を緩めている。


 丈高い樹木が密生しているこんな森では、木々の葉に陽光が遮られるため灌木類が育たないことが多い。しかしこの森には、暗い場所に強いらしい低木が、わずかな光を一生懸命集めるべく横へ横へと枝を伸ばしており、歩きにくいことこの上ない。


 だが、ベアトが短い呪文をぼそっと唱えると、イヤガラセのように獣道へかぶさっていた枝や丈高い下草が、まるで動物でもあるかのように俺たちをよけて道を空けてくれるのだ。そして俺たちの通った後を振り返れば、何もなかったかのように元通り、雑草や枝が獣道を遮っている。


「まるで草木に、意思があるかのようだなあ」


「あながちそれは、間違ってない。ここの草木は魔力の影響を受けて……少し魔物化しているから」


「魔物??」


 ぎょっとして身構える俺に、ちょっとだけベアトが視線を緩める。


「魔物と言っても、悪い魔物ばかりではない。ここの草木は大丈夫……だが、森の奥までいくと、生き物の精気を抜いて取り殺すような樹木もある」


 ヤバいヤバい、元世界の森なら迷うことだけに気を付けていればよかったが、この世界の森は一味違うらしい。精気を取られたらたまらんから、早く森を出たいぜ。


「心配しなくていい。ルッツの身は、私が守る……森にいる限り」


 あ、ベアトにもこれ、言われてしまったなあ。何だか俺、守られてばっかりだなあ。グレーテルに、リーゼ姉さんに、アヤカさんに、そしてベアトに。なんだか寂しいけど、俺に実力がないことは確かなんだし、「守ってもらう」ことを受け入れないといけないんだろうなあ。みんなに大事にしてもらってること自体は、嬉しいしなあ。


「私の取柄は、ここにいないと発揮できないから」


 だけど、ベアトのつぶやきには、何だか自嘲のような響きがある。やっぱり王族として、外敵から国を守らねばならないときに貢献できないってのは、辛いものがあるんだろう。歴代女王は、たまたまかも知れないけど、戦向きの属性だったらしいからな。


 ベアトには、堂々と前を向いていて欲しい。そんな思いで、俺はここに来る途中ずっと考えていたアイデアを、彼女にこそっと囁いた。言葉の意味を理解した瞬間、もともと人形みたいに大きいベアトの目が、さらに三割り増し大きくなったように見えた。


「……それなら私にも出来そう。早く試したい」


「そのためには、早く敵を負かして、奴らの領土に追い返さないとな」


「うん、頑張る」


 ベアトが陶器人形にも例えられるのは、その白皙の表情にいつも感情が窺えないからだ。だが今の彼女は違う。その目はかっと見開かれて翡翠の瞳には意志の炎が灯り、桜色の唇はきゅっと引き結ばれて強い決意を物語っている。俺はこっちの方が好きかな……


 そんなことを思って鼻の下を伸ばしていたら、背後から殺人光線みたいな視線を突き刺される。恐る恐る後ろを振り向くと、そこにはストロベリーブロンドをまるで静電気実験でもしたかのようにぶわっと膨らませた、幼馴染の姿があった。


「あら、ルッツはずいぶん余裕があるみたいね。私の荷物をちょっと分けてあげるから、こっちへ来なさいっ!」


 ああ、終わった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 グレーテルに「ほんのちょっと」荷物を余計に持たされた俺は、小高い丘を息を切らせながら登っているところだ。光属性Sクラスの彼女は常時身体強化の魔法を自身にかけているから、そもそも他のメンバーのほぼ三人分にあたる荷物を自ら進んで運んでいる。その彼女が言う「ほんのちょっと」は、並みの一人分にあたる重さで……丘の頂上に達したときには、鍛えていたつもりの俺も、もう疲労困憊だった。


「うん、頑張ったわね。これで許してあげる……私も頑張ってるんだから、たまには構って欲しいわ」


 意外にデレた台詞とともに、俺の荷物がすっと軽くなる。それと同時に俺の身体が淡く光ったかと思うと、さっきまでゼイゼイ息が切れていたはずなのに胸がすうっと楽になり、乳酸がたまりまくっていたはずのハムストリングスが、一気に軽くなる。


「回復魔法ありがとう、やっぱりグレーテルの回復は、抜群によく効くね」


 そう、光属性は「聖職特性」と言われる通り、聖職者が駆使する回復魔法は得意中の得意なのだ。水属性の回復がじわっとゆっくり自己回復力を挙げてやるようなマイルドなものであるのに対し、光属性は怪我だろうと病気だろうとその場で一発で治してしまう凄い効き目がある。とりわけグレーテルのSクラス魔力をもってすれば、斬り飛ばされた四肢や潰された目すら治すことができるのだ。俺の筋肉疲労なんかに使うのは、もったいないお宝魔法なんだよな。


「え……あ、うん……そう、私は優秀なのよ! 枝で怪我したらすぐ言うのよ、治すから!」


 素直な気持ちで賞賛を送ったつもりなのだが、なぜか頬を紅に染めて照れるグレーテルが可愛い。照れ隠しなのかさっさとスタスタ先に行く彼女だけど、実のところ三人ぶんの荷物を担いでるんだぜ……俺の幼馴染って、凄い奴なんだよなあ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る