第66話 ……したいから

 直線距離なら十キロちょっとも進めば敵の裏に出られるはずなのだが、樹木や下草が密生し、起伏や流れがあちこちにあるワイルドな原生林で、真っ直ぐ進むことなど到底無理だ。ベアトがせっせと魔法で草木の障害を除けてくれていても、日が高いうちに裏へは回れなかった。


 母さんの殲滅魔法はある意味災害級のアレだから、相手の位置がはっきりわかっていないと危険極まりなく、夜に攻撃を仕掛けるわけにはいかない。そして実のところ俺は、前線の敵でなく、もっと後方のターゲットを狙いたいのだ。


 そんなわけで俺たちは今夜、無理せずに野営している。誰もいない森で、俺以外は全員女性だ、ハーレム気分でわいわい楽しくキャンプ飯……なんていう状況になったら嬉しかったけど、そんな訳はないよな。そもそも隠密行動中につき火なんか使えないし、交代での見張りも欠かせない。


「また『闇の一族』に、ご迷惑をお掛けしてしまいましたね、すみません」


「あらあら、お貴族様……それも『英雄』閣下の坊っちゃまだっていうのに、お嬢様のおっしゃってた通り、偉ぶらない方なのね、いいことよ」


 俺は、多分二十代半ばと思われるお姉さんとペアで見張りについた。魔法で役に立てないんだから、せめて睡眠くらいは削って貢献しないとな。眠気覚ましに話しかけると、お姉さんからやたらフレンドリーな反応が返ってくる。彼女の言うお嬢様っていうのは、多分アヤカさんのことなんだろうな。


「今回は多数の帝国軍と直接戦闘になる可能性があるじゃないですか。昼間の集団戦闘は闇の一族としては苦手でしょう?」


「そうね。あたしらとしたら、お天道さまの下で戦うより、闇の中で密かに近づいてグサリとやる方が確かに得意かな。まあそういう意味だと今回みたいなのは危ないって言ったら危ないけど……この仕事は、何より魅力的な報酬が期待できるから、無理もするよ」


「そんないい報酬があるんですか、さすがは女王陛下の勅令案件ですねえ」


 俺の返答に、お姉さんがちょっと驚いたような顔をして……それからぷっと小さく吹き出した。


「そっか、ルッツお坊ちゃまにはわかんないか……私らの言う『何より魅力的な報酬』ってのはね、貴方に種付けしてもらうことなのよ」


「へぇぇっ?」


 思わず間抜けな声が出てしまい、慌てて口を覆う俺。お姉さんは苦笑いしながら周囲を慎重に窺って、それから声を低めて続ける。


「そりゃあ、任務の報酬としたらおカネも魅力的だけどね。ほら、この間の任務で一族から四人、ルッツ様の種を頂いたでしょ?」


「そうでしたね……」


 そう、アルトナー商会にまつわる陰謀解決に大きく貢献した褒美として、ベアトが闇の一族への種付けを許したことで、アヤカさんが選んだ四人のお姉さんと、夜毎せっせと励んだっけ。まああれはむしろ、俺にとっても美味しいご褒美だったような気もする。


「その顔を見たら、ルッツ様も満更ではなかったみたいだね……お嬢様が選び抜いた子たちだったし。まあそんなわけでめでたく四人とも孕んだわけだけど……お腹に子が宿った途端、彼女らの魔力が恐ろしく上がったのよ、意味わかる?」


 うぐっ、そこには思い当たるフシがある。俺とのあれこれで出来た子供は、今までみんなかなり強い魔力を持っていた。そしてその母親は、お腹の子が有する魔力を自由に使うことができて……そうやって十月十日過ごしている間に親子の魔力が溶け合って、出産した後も母親の魔力は増大したままになる。ようは母親も鍛える「種」なのだ。


 もちろんこの事実はあまりにヤバいから公表されていないけれど、目の前で四人も魔力アップするところを見せてしまったら、闇の一族ではもうすでにそれは公然の秘密になってしまっているのだろう。


「そんなわけで、今回の任務で活躍すればきっとその者にもルッツ様の『神の種』が頂けるんじゃないかって……あたしも含めて一族の女は皆、こぞって手を上げたってわけよ。だからここに来た三人はヤル気満々さ、ルッツ様やベアトリクス殿下のためなら、生命を惜しまず尽くすわ」


 うっ……やっぱり、そうだったのか。不本意ながら俺の「種」評価は、爆上がりしてしまってるみたいだ。


 だけど、「生命を惜しまず」とかさらっと口にするお姉さんには、きっぱり言っておかないといけないことがある。


「お姉さん、名前を教えてください」


「えっ? サヤ、だけど……」


「じゃ、サヤさん。お願いがあります、生命は粗末にしないで。必ず生き残って下さい」


「ルッツ様は優しいね。あたしみたいな身分卑しい者の生命も、惜しんでくれるなんて」


「いえ、そんなんじゃありませんよ?」


 俺の返答に、お姉さん……いやサヤさんは怪訝な顔をする。


「じゃあ、何なのよ?」


「だって、死んじゃったら、できないじゃないですか。俺どうしても、サヤさんとしたいんです、したいから……絶対に、生き残らないとダメですよ、約束ですからね」


 サヤさんがもう一度、小さく吹き出す。しばらく下を向いてくつくつとひそやかに笑っていた彼女が顔を上げると、目尻に何だか光るものが見えた気がした。


「そうよね、あたしもルッツ様と『する』のを、楽しみにしているわ。貴方が王国最高の種馬とされるのは、優秀な子を与えてくれるという理由からだけではないってことが、よくわかったわ……まだ未成年のくせに、女殺しなんだもん。約束はできないけど、精一杯生き残るつもりで、頑張るわ。そして生きて帰ったら、朝までしましょう」


「ええ、受けて立ちますよ」


 真面目に答えたつもりなのに、なぜかまた笑われてしまった。サヤさんは微笑みながら肩を寄せてきて……最後にちゅっと、頬にキスしてくれたんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る