第67話 接敵

 翌朝のサヤさんは俺に対して特別な仕草を見せたりしなかったんだけど、なぜかベアトからはジト目を向けられ、行軍中は殺人光線みたいなグレーテルの視線が背中に突き刺さるんだ。何と言うか女性ってのは、実にこの手の機微に敏感だよなあ。元世界で「鈍感」と言われ続けた俺としては、感心するしかない。


 前線にいる敵の背後に回れる位置までは進出したけど、俺たちはさらに森を縫って前に向かう。敵が後方に大規模な前線拠点を既に築いて、本格侵攻を目論んでいるという情報を、闇の一族が掴んで来たからだ。前線を叩いてもそいつらに追い回されるのはかなわないし……むしろ母国に帰る道を塞いでやったほうが、敵に与える心理的影響が大きいんじゃないかと思ったんだ。


 だけどさすがに敵の拠点が近くなると、森の中まで敵の警戒が及んで来た。


「ルッツ様、前方から敵の哨戒部隊が進んで来ます。隊長含む歩兵七名、弓兵四名、魔法使い一名」


 闇一族のナツさんというお姉さんがきびきびと前方偵察の結果を報告する。三十歳くらいの、鍛え上げられた筋肉の持ち主だ。このお姉さんも、俺の「種付け」を望んでこの任務に志願したのだろうか、こんな無駄のない引き締まった肉体に抱きしめられたら気持ちいいだろうな……いかんいかん、ここは既にリアルな戦場なのだ、お楽しみは作戦が、成功した後だ。


「哨戒部隊にまで魔法使いを配しているんだな」


「おそらくは風魔法使いでしょう。人や獣の気配を探る術が、風と闇の属性にありますから。リュブリアーナ帝国に闇属性はほとんどいないはずですので、風属性で間違いないかと」


 俺はちょっと慌てる。ナツさんの言う通りなら、森に隠れていたつもりの俺たち一行も、すぐ探り出されちゃうってことじゃないか。過剰戦力のグレーテルがいる以上、戦えば勝てるだろうけど、騒ぎは敵の基地に伝わってしまうだろう、それじゃマズい。


「大丈夫です……皆さんこちらへ集まって下さい」


 集まった俺たちの中心で、ナツさんが合掌してなにかもごもご唱えると、周囲の空気が変わったような気がした。


「皆さんの気配を消しました。私から離れぬ限り、風魔法程度の探索には捉まりません」


「じゃ、あたしたちは行くよ」


 怪訝そうな顔をしてしまった俺たちにナツさんが説明してくれている間に、サヤさんともう一人、ミフユさんという二十歳くらいの女性が左右に散っていく。どうやら闇一族の三人は皆、気配を消す術を持っているらしい。知れば知るほど、忍者っぽいよなあ。


「魔法使いを潰してしまえば、基地に異常を伝える手段がなくなるので、それはあの二人に任せて下さい。後は歩兵との白兵戦となりますが、そのあたりは我が一族の苦手とするところ。ぜひ接近戦は、マルグレーテ様にお願い出来ればと」


「任せて!」


 ここんとこ暴れたりなそうな雰囲気を垂れ流していたグレーテルが、我が意を得たりとばかりに、グッと拳を握りしめて即答する。西部戦線であれだけ活躍したんだから、そんなに頑張らなくたってみんな褒めてくれるのに。


「私が戦う姿を、ルッツに見ていてもらいたいのよ」


 そんなことを口にして、ぽっと顔を赤らめる彼女は、いつもの威張りくさった姿と違って、かなり可愛く見える。いつもこうだったら……とか考えたらいけないんだろうな。


「そろそろ、やります」


 勝手に作ってしまった二人の世界を、ナツさんが遠慮がちな声で断ち切った。俺は慌てて、敵が来る方を凝視する。元世界では近眼と老眼のダブルコンボだった俺だけど、ルッツ君の身体にお邪魔してからというもの、近くも遠くもやたらとよく見える。百メートルくらい先に、歩兵と弓兵に守られた魔法使いらしきオバちゃんが疲れた顔で歩いてきて……やおら立ち止まるといかにも魔法術具っぽい杖を構える。ヤバい、あそこで探索魔法を使われたら、俺たちの存在はバレバレじゃないか。


 俺がそんなことを頭に浮かべた瞬間、魔法使いオバちゃんの表情がこわばり、見る間に苦悶のそれに変わる。周りの兵が異常に気づいた時には、その首は半ばから切断され……ころりともげて転がり落ちた。


「あれは……」


「我が一族が得意とする糸術です。蜘蛛の糸に闇魔法を掛けて強化したものに撚りを入れて造った、透明で決して切れない糸をくるっと首に巻き付けて、両側から引っ張ってあげただけですよ」


 なにそれ怖い。そういや元世界のテレビで、必◯仕事人がそんな技使ってたような。だけど仕事人は首まで切らなかったと思うなあ。骨まで切れちゃうってのは……やっぱり闇魔法がこもってるからなんだろうか。


「よしっ、行くわよ!」 


 グレーテルの声で、我に返る。そうだ、テレビ番組のことなんか懐かしんでる時じゃなかったよ。まだ敵がたっぷり、残ってるじゃないか。


「はあぁっ!」


 だけど、頼れる俺の幼馴染にとっては十人ちょっとの敵兵など、顔にたかろうとする蚊を手で払う程度のものであるようだった。プラチナ色に輝くオーラを全身にまとい、中剣を片手に飛び出したグレーテルは、瞬く間に二人を斬り伏せ、慌てて剣を抜いた一人へは、ドテッ腹に前蹴りを見舞って十メートルほども吹っ飛ばす。彼女の強さを認識した敵は三方から一斉に斬り掛かってくるけれど、彼女が優雅にくるりとその身を一回転させた後には、胴を半ば断ち割られた三つの死体が、そこに転がるのだ。


 そして、少し離れた場所では、サヤさんとミフユさんが投擲タイプの短剣を正確に放って、一投ごと確実に弓兵を一人葬っている。やっぱり闇の一族は戦闘のプロだ……自分勝手に暴れまわるグレーテルともしっかり連携して、一番助けになることをしてくれるのだから。


「これで終わりよっ!」


 幼馴染が勇ましく宣言するとともに、剣を唐竹割りに振り下ろす。敵の隊長であったらしい男が合わせた剣はもろくもポキリと折れ、男は頭から尻まで真っ二つになった。

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