第81話 攻城戦終了
「はああっ!」
グレーテルが気合いの声を一つ上げると、その手に炎をまとわせ今にも放とうとしていた女魔法使いが、十メートルばかり吹っ飛んで失神する。やはり接近戦に持ち込みさえすれば、彼女はかなり無敵に近い。「なるべく殺さずに捕らえてくれ」という俺の贅沢な要望に応えて、精々骨折ぐらいで済ませてやる余裕まであるのだ。
その手前では、別の魔法使いが木の枝や根っこに絡みつかれてバタバタと暴れている。もちろんこれは、ベアトの仕業だ。草を使った罠で足を引っ掛けられて転んだところに、左右から伸びてきた木々がまとわりつくというわけだ。木が意思あるもののように獲物を捕らえていく姿はあたかも魔物のようで……見守る一般兵士たちの中には腰を抜かす奴もいる。まあ、操っているのがベアトじゃなかったら、俺も気味悪さに逃げ出しそうだ。
さらに向こうで甲高い悲鳴があがる。リーゼ姉さんが「氷の槍」で、魔法使いの足を地面に縫い付けた音だ。公国との戦で空一面をシャンデリアのように飾った姉さんの氷魔法……あの時はつららが数万本もあったから、ただ重力に任せて自由落下させるしかなかったけど、数が少なければ望む方向へ正確に飛ばすことができる。たった今も「殺さないよう無力化」するため、あえて敵の足を貫いたのだ、さすがと感心するしかない。魔力量は母さんに一歩及ばぬとはいえ、不断の努力で研鑽を続け、もはや魔力制御能力は国内随一、いやおそらく大陸最強と言われるのが、俺の可愛い姉さんなんだ。
本来、王国魔法使いの双璧とされる母さんと女王陛下は、躍動する少女たちをのんびり眺めている。自らの娘の安全を心配するでもなく、紅茶などたしなみながら。
「ベアトの茶なら、もっと美味しいのだが」
「確かに、殿下の手練は最高ね」
いや、そういう問題じゃないと思うぞ。まあそういう俺も、呑気な二人に付き合わされて一緒に茶を飲んでいるのだから、同罪ではある。
「私たちの時代は、終わったようだな」
「ええ。あの三人がいれば、あと三十年は大丈夫」
二人の視線に安堵の色が浮かんでいる。無理もないか……さきの戦から数えて二十幾年、王国の存立は、ほぼこの二人の肩に掛かっていたのだから。
「そしてあの三人をがっちり掌握している男がここにいるからな。悪い男だが……頼りにしておるぞ」
陛下にいたずらっぽい視線を向けられた俺は、首を縮めるしかない。俺、そんなに悪いことしてるかなあ。別に彼女たちをたらしこむような真似をした覚えもないのだが……
だけど、目の前で活き活きとその力を発揮し、次々と敵を無力化していく彼女たちを見ていると、胸の鼓動がなんだか速くなってしまうのも、また事実だ。姉さんは別として、あとの二人が俺の……妻になる女性だと思うと、誇らしいような浮き立つような気分になる。
「まったく、鼻の下など伸ばしおって」
しまった、女王陛下の御前だった。俺は慌てて背筋を伸ばし、照れ隠しにカップに口をつける。
こんなのんびりした状況になっているのは、抵抗する敵が少数の貴族だけだからだ。
あの交渉から……降伏条件を持ち帰ったマクシミリアン皇子は、王国側がつけた風属性魔法使いの力を借り、城全体に呼びかけた。
王国側は兵を殺すことはない、身分は奴隷とされるが売り飛ばされることはなく、生活は保証される。十年間真面目に働けば、故郷に帰ることもできる。このまま城にこもれば、ベルゼンブリュックの誇る「英雄」の炎が降り注ぎ、皆焼かれるだけ……皇子たる自分は、王国の提案を容れるべきと考える。もちろん自分も、皆と共に労働に勤しむことで犯した罪を償うつもりだ。従う者は、武器を捨て城外の川べりに集合せよ、と。
城内に閉じ込められた兵たちが驚いたのは、皇子の勧告が終わった途端、不自然なくらいに生い茂って、彼らをがんじがらめに束縛していた樹木の枝や根っこがすうっと引いたことだ。さっきまで魔物のように見えたその植生は、梢が天に向かって伸び、その根が大地に息づく普通の森に、見る間に変わっていた。
ベアトの静かな魔法が兵士たちに与えた驚愕は、ある意味母さんの派手な火炎魔法より強烈だったようだ。じっくり時間をかけて刻み込まれた恐怖は、心に深く染み込む。それを取り払うことが、まるで神の御業であるが如く彼らに感じられたのも、無理のないことだろう。かくして帝国の平民一般兵は、ほぼ全員が従順に、武器を捨てて皇子の指示に従った。
しかし、高級将校の大半を占める貴族たちは、そう簡単にいかなかった。彼らは当然、家の者が身代金を用意し、自分たち「だけ」は故国に戻れることを確信していたのだ。平民たちが虐殺されようが、異教徒に売っぱらわれようが、自分さえ良ければいいってわけさ。
もちろん「兵と運命を共にするのが指揮するものの義務」ってカッコいいことを言って大人しく投降してくれた志高い貴族もある程度いたのだが……結局半数くらいは勧告を拒否して反抗を続けている。民を思いやりもしない貴族どもなど面倒くさいから焼き払ってもいいのだが、こいつらは皆、結構な魔法の使い手だ。南部開拓には魔法使いがいくらいたって足りない、ぜひ捕まえたい……そんなわけでうちの若きエースたちに「殺さずに無力化して欲しい」という贅沢なお願いをしてしまった俺なんだよな。
「これで最後ねっ!」
すでに二十数人抜きしているグレーテルが、まったく衰えない速度で敵のこめかみあたりに思わず見とれるようにしなやかで美しいフォームのハイキックを叩き込んで、決着をつけた。
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