第80話 交渉決着

「うん、私の側に異存はない。戻って兵たちにこの条件を示し、従う者をまとめて投降しよう」


 タフな交渉を予想していたのに反して、マクシミリアン皇子は俺たちの提示した降伏条件に一点の修正も要求せず、一発で丸呑みした。


「そんな簡単に妥結して、いいのか?」


「あいにく、複雑な交渉術は持ち合わせていないもんでな。それに、俺たちは一方的に惨敗した側なのだが……条件はフェア、というよりはむしろ甘いと思う。お前さんたちの気分が変わらないうちに、締結しておくべきと思ってな」


 そう、俺たちが……というより、俺がほとんど起草した降伏条件は、かなり「兵士には」優しいものだった。逆に言うと、貴族が大半を占める将校には厳しいものになっているのだ。


 まず「漏らさず全員を」奴隷にする。貴族であろうと平民であろうと、指揮官であろうと一般兵士であろうと、隔てなく同じ身分に落とすのだ。この世界の戦争において、貴族の捕虜については身代金が支払われて母国に帰れることが一般的だが、俺たちは身代金を一切受け取らないと宣言した……つまり貴族や金持ち出身の者たちも、奴隷となることを避けられない。


 そして、奴隷にすると言えど、衣食住や医療に関しては健康を保つに充分なものを王国から支給し、僅かながら賃金も払う。もちろん現在のベルゼンブリュックに奴隷制度がなく、その扱いに関係する法律がない以上、彼らの身体や財産の安全は、平民と同様に国と領主が共同して守る。平民との違いは移動の自由がなく労働の義務があることだけという、実にゆるい奴隷制になるわけだ。まあこれは、気持ちよく開拓作業してもらうためには、必要なことだからな。


 奴隷同士で心通ずる者があらば結婚することも認め、奴隷同士の間で子供ができれば、その子はベルゼンブリュックの平民扱いだ。最終的に、十年間反抗せず真面目に労働に勤しんだと認められた者については、年季明けとして帰国するか、ベルゼンブリュックの平民として永住するか、いずれかを選べるのだ。


 加えて、奴隷全員の「ご主人様」は第二王女ベアトリクスとし、所有権の移動は認めない。奴隷と言えども売買や譲渡はしないと明言したのだ。それは彼らに提示した好条件を、解放まで変えないという宣言でもある。


「西の異教徒にまとめて売り払われたり、空きっ腹に鞭打たれて野垂れ死ぬまで使いつぶされたって文句は言えないところなのに、真面目に十年働けば許してくれるなんてのは、ずいぶん寛大じゃないか。その上、貴族も例外なく同じ扱いというところはポイントが高い、兵士たちは喜んで受け入れるだろう、しかし……」


「貴族出身の将校たちがそれを理由に、従わない可能性があるということですわね」


 少し言い淀んだ皇子に、ベアトが応じる。


「そうだ。高級貴族の子女たちは、当然自分たちは身代金さえ家族が払えば、おとがめなしでのうのうと家に帰れると思っている……これを知ったら、かなり暴れるだろうな」


 そう、俺もこれを懸念していたのだ。彼ら貴族にとって、平民出身兵士がどんな処遇を受けるなどあまり興味がない……己の身さえ無事で領地に帰れるならそれでいいと思っているはずだ。平民と等しく十年間労働せよなどと言われたら、キレるよなあ。


「では、条項の変更を要求しますか? ふさわしき身代金を支払いし者は解放すると」


「やめておこう。そもそもこの戦争を犯罪行為とするなら、主犯は王族や貴族であって、平民たちは命ぜられ巻き込まれただけなのだ。せめて共に肩を並べて償うべきだと思うな」


「それは、マクシミリアン殿下ご自身も、同じ処遇を受けても良いということでしょうか?」


 さすがに驚いた俺が口を挟むと、皇子は少しきょとんとした顔をしたけど、すぐに破顔した。


「ああ、君が噂で聞く……王女殿下の婚約者殿か。稀代の種馬であるだけじゃなく、王室の知恵袋だそうだな。そうか、今回の条件は、君が考えたというわけだ」


「まあ……そうです。ですが、殿下は帰国できなくても良いのですか? 帝国は第一皇子のためなら、身代金を用意すると思いますが」


 皇子は笑顔を崩しはしなかったが、一つ大きく息を吐いた。


「はした金程度なら払うかも知れないが、皇族にふさわしい身代金など、決して払わぬよ。例え皇帝の長子であろうとも、男子では後継者としての価値がないからな」


「帝国でも、男子の扱いはそのように軽いのですか……」


「王国ほどではないが、似たようなものだ。だが、俺はもし皇帝が身代金を払うと言っても、戻るつもりはないぞ。上に立つ者が責任をとらず逃げ出したら、誰もこの約定を信じなくなるだろうからな。無駄に抵抗して犠牲になる者を最小限にするためには、一般兵に納得してもらわねばならん。『俺も汗水流して働くから、一緒にやろう』って言う必要があるんだ」


 なるほど、この皇子は、じつにまともだ。戦の口実となったベアトへの婚姻申し込みの相手だったこともあって、俺はこの第一皇子に好意的ではいられなかったけど……この人があんな無茶苦茶を言うわけがない、まあ名前を使われただけなんだろうな。


 まずは、この気さくな皇子を、信じてみようか。俺が視線を送ると、ベアトが小さくうなずいた……どうやら「精霊の目」も、セーフだと言っているみたいだな。


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