第79話 第一皇子

 総司令部の天幕で、降伏交渉は始まった。


 テーブルの向こうでセンターに座っている茶髪で紫の目をした……元世界では見なかったけど、こんな瞳の色もあるんだな……二十代前半かと見える青年が、噂の第一皇子様なのだろう。ラテン系を思わせるソース顔のくせに何故かさわやかな雰囲気を放つイケメンで、しかも敗戦後の相談をしに来たとは思えないくらい、やたらと明るい笑顔を浮かべている。俺はあんまり詳しくないが、こういうのも交渉術なのだろうか。


「このたびは世話になる。俺はリュブリアーナ帝国第一皇子、マクシミリアンだ。もはや我らの力では全滅を待つばかりゆえ、ベルゼンブリュックの慈悲を請いに来たというわけだ。おかしな駆け引きをするつもりはないから、そちらの条件を出してもらいたい」


 驚いた。この男、本当にノーガード、開けっぴろげで交渉に臨むつもりらしい。こっちのメイン交渉役であるベアトも意表を突かれた感じで、人形のような唇が無意識に開いている。


「私はベルゼンブリュック第二王女、ベアトリクスです。このように若い交渉役で驚かれたでしょうが、女王より全権を委ねられておりますので、ご安心を」


 こちら側はベアトの両隣に俺とリーゼ姉さん。そして後ろにはグレーテルが立っている。何でレディを立たせておくのかといえば……この場合グレーテルは交渉団の一員ではなく、最強の護衛官として、ここにいるからだ。


「王女殿下はともかく、まわりはこんな子供ばかり……王国は我々を侮っているのではないか、許せぬ!」


 皇子の隣りにいる三十代のまるまる太った女が、いきなりがなり始める。まあ、十八歳の姉さんはともかく俺とグレーテルはまごうかたなき未成年だし、怒りたくもなるか。


「うるさいぞローザ、黙って座っていろ」


 女に反論しようとしたベアトより先に、マクシミリアン皇子が鋭く言葉を発して制した。


「しかし、このような者たち相手に、まともな交渉ができるはずは……」


「黙っていられないなら、今すぐここを出てゆけ。相手が若かろうと年寄りだろうと、俺たちは従うしかない立場なのだ、それがわからぬか? 交渉の邪魔になる、去れ」


「で、殿下、仮にも将軍として一軍を預かる私にそのような言辞を……」


「そう、その一軍をあっさりと壊滅させてしまった無能な指揮官に対して、だな。いいから早く出てゆけ!」


 さっきまでの呑気な笑顔が嘘のように厳しい眼光に、女はじりじりと後ずさりして……やがて逃げるように天幕を出ていった。


「済まんな。帝国にはどうも現実を見ない奴らが多いのだ。そんな連中にそそのかされこたびの戦を仕掛けた我が母が、一番愚かであったのだが」


 小さいため息をついて、自国をくさすようなことを平気で口にする皇子。皇子の態度としてはどうなのかと思うが、言っていることは実にまともだ。


「マクシミリアン殿下は、正しいご見識をお持ちのようですね。ですが貴方のお立場ならば、その理を皇帝陛下に説いて、開戦をやめさせることができたのではありませんか」


 柔らかい声ではあるが、ベアトの舌鋒は鋭い。ようは、皇子としてやるべきこともやらずに、後出しで文句ばっか垂れてんじゃねえよゴルァ、と言っているのだ。


「そうだな、王女様の言う通りさ。俺はこんな無意味な出征を、やめさせることができなかった。それについては申し訳ないとしか言いようがないな」


「努力は、されたと?」


「まあな。だが、第一皇子とはいえ俺は所詮、男子さ。ベルゼンブリュックでも事情は似たりよったりだと思うが、魔法も使えぬ王族など精々婚姻政策の駒として使われるくらいのもので、国政などに口を挟んでも鼻で笑われるだけ。今回の戦だけは本気でヤバいと思って諫言したつもりだったのだが……逆にそれが災いしたか、臆病者と謗られてな。こうして最前線に送りこまれる羽目になったというわけだ」


 そう口にした時、初めてこの楽天的に見えた皇子の眉間に、深くシワが刻まれた。そうか、魔法一辺倒でなく陸軍育成に力を注ぐ帝国においても、男の地位なんて、そんなものなんだなあ。ああ、なんとも切ない世界だぜ、ここは。


「ま、これだけ派手に負けた後になってみると、みんな皇子とかいう虚名にもすがりたくなるようでな。城内で連絡のつく兵たちは、概ね俺に運命を委ねると言ってくれているのさ。さあ、たそがれてないで前向きに交渉を始めるとしようか?」


 にかっと笑った皇子殿下のさわやかな表情には、すでにさっきまでの屈託は窺えなかった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「ベアト、どうだ?」


「アレは嘘ついてない。こっちに向ける笑顔も、本物」


 一旦取った休憩時間に確認する。そう、ベアトの持つ「精霊の目」は、ベルゼンブリュック王室に、何代かに一人くらい現れるレアスキルだ。相手が害意を持っているか、嘘を言っているかどうかを見分けられる、対人交渉最強の能力なのだ。


 ベアトは自分の木属性魔法が国防に役立たないことを悩んでいたけれど、魔法とは異なるが支配者として最強のスキルを持っているのだ、もっと誇っていいと思う。まあ配偶者となる俺にとっては、絶対的に束縛される鉄鎖のようなもんだけどな……浮気なんか、一生できないってことだし。


 まあこの場合、皇子が交渉相手として信頼できることがわかったことは大きい。


「よし、具体的条件を詰めよう、まずは……」



◆◆◆ 最近寄り道がひどい、本筋に早く戻せというご意見たくさんいただいておりますので、区切りのいいところまでお詫びセールで投稿ペース上げます ◆◆◆

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