第78話 降伏勧告

「何かと……すまないな」


「母様。アレはもうダメ、遠ざけるべき」


「うむ……考えないとな」


 いつもサバサバした明るい物言いをする女王陛下だが、あのオバちゃんに関してはやけに歯切れが悪い。


「彼女の母親は、控えめで良い方だったのだが……」


 陛下が王太女だった頃、種違いの妹を女王に推す動きがあって、それはかなり危険なレベルまで来ていて……あのオバちゃんの母に当たる侯爵閣下が身体を張って、陛下の立場を必死で守ってくれた経緯があったそうだ。そんなこともあって恩人の侯爵亡き後、その子が出過ぎた真似を度々やらかしても大目に見ることを繰り返しているうちに、あんな風に増長してしまったものらしい。ベアトの言葉にうなずきつつも、あいつをズバッと切る決心ができかねている陛下……人情に厚いところは美点だけど、アレだけはなんとかして欲しいと思うな。 


「いずれにせよ、ルッツの提案は好ましいと思う。魔の森を開拓するのはずっとやってみたかったこと、これを機会に進めたい」


「そうだな。捕虜の中には魔法使いも多いことだし、開発も速いだろう……私も賛成だ。魔物の襲来が心配だが、戦が片付いたら軍の魔法使いも支援につけるとしよう」


 話が前向きになったところで、ようやく陛下が憂い顔を解いて微笑んだ。とりあえずおかしなやつを追い払えて、重たい宿題も片付きそうなことで、俺も肩の力を抜いた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「城内の兵に告ぐ! 諸君らの勇戦には敬意を表する。しかしもはや、勝機は失われた。知っての通り我が軍には『炎の英雄』あり、樹木の檻に自由を奪われし諸君を一気に焼き尽くすことができる。しかし人道的な観点から、生き残る選択肢を与えよう。今すぐ武器を捨て降伏すれば、生命は奪わぬ……」


 城に向かって降伏勧告を朗々と行っているのは、なんとリーゼ姉さんだ。公国との戦で挙げた赫々たる戦功のお陰で、軍の魔法使い部隊はみな姉さんをトップとして認めて、というより崇拝の域に達しており……姉さんの暫定指揮官という肩書きは、なし崩しに恒久のものになりそうだ。魔法使いのトップということは軍のトップに近い位置づけであり……そんな地位に十代で就くであろう姉さんは、まさに母さんと同じく華やかな出世コースを歩くことになる。


 リーゼ姉さんの凛々しい宣告は、部下が操る風属性の魔法に乗って、戦場全体に響き渡っている。聞こえなかったぜという言い訳は通らないが……さて、敵はどう出てくるか。


 そして、待つこと十分ばかり。予想よりもずいぶん早く、生い茂る樹木の根を掻き分けくぐり抜け、白旗を掲げた使者が十人ばかり這い出てきた。ずいぶん豪華な服を着た若い男が混じっているけど、まあどうでもいいや。これで多分俺の仕事は、終わりだろうから。


 隣に立つベアトに視線を向ければ、陶器人形の頰がちょっとだけゆるみ、その目が優しげに細められる。うん、これもなかなか、幸せだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「降伏の交渉団に、第一皇子がいるだと??」「まさか、こんな最前線に出てきていたとは」


 息せき切って駆けてきた伝令の報告に、目をみはるベアトと陛下。俺も驚いた、いくら帝国の勝機が大きい戦だったとしても、そんな簡単に長子を激戦地に送り出すものだろうか。


「第一皇子ってアレよね、ベアトお姉様を嫁に差し出せってほざいた奴」


 殺気が目一杯こもった声に振り向けば、接近戦からようやく解放されて戻って来たグレーテルが、一度鞘に収めた剣を、また抜き放とうとしている。その姿はとても凛々しく、首筋に流れる汗まで美しいが……ここで暴走しないでくれよ。使者を斬るとか、いくらなんでもナシだからな!


「大丈夫よ、私は無抵抗の男をいたぶる趣味はないから」


 ほぼ無抵抗の俺を平然と痛めつけるくせに、よく言うぜ。まあ、彼女は基本的に騎士の価値観で生きているからな、敵が白旗を上げてきたからには、自分の仕事は終わったと思っているだろう。


「そう、グレーテルの出番はない。だけど、相手側に皇子が出てきたならこちらもそれなりの者が対応しないと。母様……やはり私かな?」


「そうね、私が出るわけには行かないから、第二王女で次期女王のベアトが交渉の席につくのが適切だと思うわ、大丈夫?」


「交渉ごとなら母様よりきっと得意だと思う」


 そうだ。感情が顔に出やすい陛下と比べれば、いつも安定の陶器人形顔をしているベアトは、交渉相手から見たら何を考えているかわからない、ずっと手強い相手に見えるだろう。すでに、いくつもの外交案件も公務でこなしているし……任せておこう。


「だけど……もう少しだけ、勇気が欲しい。大事なひとが後ろに立っていてくれると思うだけで、私は強くなれる。だから、わかるよね」


 何が「わかるよね」なんだよ、もう役目が終わったはずの俺を、また修羅場に引っ張り出そうってか? 文句言いたいけど、翡翠の瞳でじいっと見つめられたら、負けるしかないじゃないか。俺は深い溜め息をつきつつ、肩を落とした。

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