第77話 奴隷の使い道
そう、ベルゼンブリュックの東、北、西、それぞれの方面は開けた大地だが、南部には「魔の森」と呼ばれる未開の森林が広がっている。昼なお暗く鬱蒼とした森には大小さまざまの魔物が闊歩し、そいつらが時折あふれて来ては近隣の村を襲う、実に厄介な場所だ。さっさと切り開いて耕地なりにしてしまえば魔物も居づらくなるはずなのだが、一気に開拓を進める人手なんかどこにもいないし、ゆっくり木を切っていれば魔物が集団で襲ってきて邪魔をする。
そんなわけで森に近いエリアはどこの貴族も領地に望まず、国有のまま管理もされず、当然税もとれないままここ数百年というもの、ひたすら放置されているってわけだ。学校の「政治科」でも学んだが、この「魔の森」をどう扱っていくかが、ベルゼンブリュックここ数代の女王たちの重要課題であり、また未解決課題でもあるのだ。
だが、他国との領土争いを嫌う女王陛下のもとで国をこれ以上発展させようと思ったら、「魔の森」を開拓していくくらいしか、手段がないと思うんだ。どうせいずれは手を付けねばならないならば、せっかく転がり込んで来た二万、いや公国の捕虜も合わせると三万近い人間……彼らを、利用させてもらおうというわけさ。
「彼らを黙って国に帰してやるわけには行きません。懲りもせず攻めてくることが目に見えているからです」
「身代金を取ればいいのよ!」
またオバちゃんががなり立てる。そろそろいい加減にしてくれないかなあ。
「そう、全軍ぶんの身代金をふんだくれば、さすがの帝国も戦争する余力などなくなるでしょうね。ですが、帝国が払うのは恐らく高位貴族の身代金だけではありませんかね? 圧倒的大多数を占める平民一般兵士のために、皇帝はカネを払うと思いますか、ナターリエ卿?」
「そ、それは……」
「身代金が取れなければ奴隷としてはるか遠国に売り飛ばす、それがこの大陸の習いです。かつて帝国に捕らわれた我が国民も、その憂き目にあってきました。だから今回も売ってしまえと思わないでもないのですが、我らが敬愛する女王陛下は、慈愛あふれるお方。人々をモノのように売買することを、良しとはされますまい」
そう言いながら陛下の方を見れば、何やらバツ悪そうに目をそらされてしまった。まあ陛下も、ご自分が他国の君主たちに比べて大甘であることを理解されて、負い目に感じてはおられるみたいだしな。
「ならば、我が国に損害を与えた分、働いて返してもらおうということです。別に虐げようというわけではありません。人間としての尊厳を保てるくらいの待遇は与えた上で、できるだけ長く働いてもらいましょう。待遇が良ければ、我が国の生活を気に入ってくれる者もいるでしょうし……そういう人には奴隷の身分を解いて、ベルゼンブリュックの民になってもらえばよいのですよ。但し……南の地でね」
そう、せっかく拓いた土地に奴隷しかいないというのでは、何かとよろしくない。自分たちが開拓した地に根付いてくれるなら、普通の民としての身分と権利を与えてやればいい。だが彼らが雪崩を打って帝国に帰ることは防がないといけないから……一定の移動制限をつけることが前提になるだろう。
「どうだベアト? 俺の構想は」
「合理的だ。実行も可能」
「それならこの……」「そんな案は絶対に認められないっ!」
ようやく話をまとめようとした俺の言葉に、思いっきりオバちゃんがかぶせてきた。おいこら、さすがにこれだけぶった切られると、元世界で散々訓練したアンガーコントロールも、そろそろ限界だ。ここはもう、キレてもいいところだよな?
俺が毒にまみれた悪口のマシンガンをオバちゃんに一斉掃射しようと大きく息を吸った時。冷え冷えとした、しかし決然とした響きのアルトが一同の耳を打った。
「ナターリエ卿」
その言葉は短いが、そこに込められた静かな圧に、オバちゃんも思わず一歩下がる。
「卿はなにゆえ、次期女王たる私が重要な意志決定に際し、信頼する配偶者に意見を求める会話に割り込むのか? いつから卿は、そんなに偉くなったのか?」
「そ、それは……私めは陛下の相談役として……」
「ほう、寡聞にして『相談役』などという職掌を耳にしたことはないが、いつからそのような職位が設けられたのであろうかな」
「それは、言葉の綾にて……」
翡翠のまなこが、一層大きく見開かれる。その瞳は、明らかな怒りのエネルギーで鈍く燃えている。
「卿は、単なる国王秘書に過ぎぬ。相談役などと自称するのは、不敬極まる」
「……」
「百歩譲って、我が母が信頼する個人的なアドバイザーがいたとしよう。だがそのアドバイザーが、次期女王の意志決定を妨げる行為は、叛意ありと疑わざるを得ないが、どうなのだ?」
「わ、私は、そのような……」
「ならば、分を越えた言をなすのをやめよ、ナターリエ卿! 陛下は、本件に付き全権を私に委ねられた。そして私は、ここなるルートヴィヒ卿の賢き思慮に、深く納得している」
そこまで褒められると面映ゆいが……まあこれは、このオバちゃんを牽制するために、わざと大げさに表現しているのだろうな。
「私は決めた。降伏を勧告し、従う者は奴隷として「魔の森」の開拓に就かせる」
「ベアト様っ! なりません!」
「うるさい」
吐き捨てるベアトの声色は、氷より冷え冷えと感じられた。
「は?」
「聞こえなかったか、お前はうるさい。私のすることにいちいち干渉して、保護者にでもなったつもりか? さっさとその口を閉じて、出ていけ」
「そんな……」
「うるさいだけなら、私が我慢すれば良いと思っていたが……ルッツを侮ったことは許せぬ。早く去るがよい、さもなくば……」
いつの間にかベアトの視線が、刺し貫くように鋭くなっていることに気付いたオバちゃんのこめかみから、冷や汗が流れ始める。
「くっ……このガキめ、覚えていろ!」
オバちゃんは俺に捨て台詞を吐いて、天幕を飛び出して行った。
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