第222話 まだ続くんだよ!
陛下から乳児趣味の変態扱いされることは実に不本意極まりないが、ほかにも怖い実験結果があるんだ。全部報告せねばならないだろう。
「いろいろな金属をルイーゼに与えてみました。銅や錫といったところにはまったく興味を示しませんでしたが、鉛にはものすごく反応して……」
クラーラの言葉に合わせて俺が差し出したのは、おもり用に造られたのであろう無骨な塊。だがそれは今や、黄金色に輝いている。
「これが、鉛だというのか??」
「金塊にしか見えない」
陛下とベアトが、食い気味に驚きの声を発する。まあ、俺もたまげたからなあ。鉛色の塊が、目の前で黄金色に染まっていく経験は、度肝を抜かれるに十分だった。
「これも『鑑定』持ちに確かめさせました。間違いなく純金だという結果です」
「はあっ?」
王族らしからぬ品のないお声を上げる女王陛下だけど、まあそうなっちゃうよな。どうやったら一山いくらの鉛が、黄金に変えられるっていうんだよ。
「素晴らしい、さすがクラーラ姉と、ルッツの種。だがこれは、危険すぎる」
ベアトの目がいつもより大きく見えるのは、さすがに驚いているからだろう。だがうろたえる陛下と違っていつも通りの陶器人形のまま平静で冷徹な表情を保っているところは、修行ができているわが妻だ。
「いやベアト、これはベルゼンブリュックを労せずして富ませる手段になるではないか」
「母様は考えが浅い。こんな業を大規模に使ったら、必ず秘密が漏れるだろう。漏れたら最後……隣国だけではなく大陸中の野心家が、ルイーゼの身を獲んとしてベルゼンブリュックへ一斉に侵攻してくるだろう」
「むむむ……」
この母子の会話は、いつも直截的過ぎてヒヤヒヤする。まあ陛下が優しくて鷹揚、そしてベアトの政務センスを信じているから、こんなやりとりが許されているんだろうけど。
「本気で周辺国をつぶそうという時が来たら、この力を使うのは有効だ。鉛を安価で買い付けて黄金に変換し、一気に放出すれば大陸の貨幣経済は崩壊する。まあ母様も私も、そこまでやる予定はないが」
怖っ、怖いよ! いつも二人きりの時はあんなに甘えっ子なのに、為政者の顔になった時のベアトは、時折こういう冷徹な言葉を、ナチュラルに吐き出す。
「軽々に使わぬよう、しつけて参りますわ、ご安心を」
そんなベアトの姿にも慣れっこになっているのであろうクラーラは、落ち着いて応じる。そして最後の実験結果を、ゆったりした声で披露した。
「ルイーゼは、鉄にも強い執着を示しました。なので与えてみた結果が、これです」
彼女が差し出したのは、同じような形の懐剣が二振り。一つは普通の鋼鉄製、もう一つはルイーゼが怪しい魔力を注いだもので、刃面が紅みを帯びている。
最初の実験で鉄製のスプーンが紅く色づいたのを見て、すぐさま刃物での実験に切り替えたのは、金属に関してはめっぽう詳しいクラーラだった。なんでこんな危ないものをわが子に持たせるんだと反対した俺を優しく押し止め、普段の弱気さや控えめさはどこかにうっちゃって武器での検証にこだわったことには驚いたけど、もちろん意味はあったのだ。
「なんだ、この紅色の剣は? 美しいことは美しいが、見たことがない」
「ご覧ください」
クラーラが、二振りの懐剣を両手に取るなり、いきなりその刃をがきっと十字に打ち合わせる。鋼鉄製だというのに、一方の刃がもう一方の刃に、深く食い込んで止まる。驚く一同に構わず、彼女は二つの刃がかみ合った部分を、陛下に示した。
「これは……」
紅みを帯びた刃が、鋼鉄色の刃に食い入って止まっている。紅色の刃を見ても、そちらには刃こぼれの気配すらない。腕力など鍛えていないクラーラがやってこれなのだ。グレーテルが同じことをやったら、鋼鉄の刃は間違いなく両断されていただろう。
「この金属はいったい? 鋼鉄をこのようにあっさり切り裂くとは……」
「古に伝わる伝説では、魔族を退けし勇者の剣は紅く、鉄の鎧すらバターのように切り裂いたとあります。その剣は、アダマンタイトを鍛えしものだったと」
「それは私も知っているが……この懐剣はアダマンタイト製だというのか? そんな伝説の素材を、鉄から錬成できるのか、あの子は?」
陛下の驚きはよくわかる。俺もそんなファンタジー金属が出てきてびっくりしたもん。そしてクラーラが落ち着いて答える。
「おそらく。この懐剣も、ある意味伝説級の代物になってしまったのでしょうね」
陛下の私室に、沈黙が訪れる。それは、大陸初の二属性持ちとなったクラーラの娘が、有史以来おそらく最高レベルの天才錬金術師であったことへの喜びも少しはあろうが……それ以上に、人として過ぎた能力を持った娘の将来への不安に満ちたものだった。
それを打ち破ったのはやはりというか、どんな時も表面上は動じないベアトだった。
「まあ、黄金やアダマンタイトは、当面作らぬほうが幸せだろう。だが……銀を魔銀にする業は、魔法を国の礎とするベルゼンブリュックにとって、すばらしい福音になるやもしれぬ」
うん? それって、どういうことなの?
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