第221話 天才ルイーゼの異能

 いぶかる俺だけど、ルイーゼは相変わらずエメラルドの瞳をキラキラ輝かせて、間違いなくカフスを狙っているようだ。


「ふふっ、さすがは金属性、そして私の娘ですね」


 クラーラが表情を崩す。なんでも彼女が幼い頃も、やたらとまわりの大人が着けている金銀細工を欲しがって、ずっと抱え込んでいたらしい。そうか、クラフト特性である金属性の血が、精密な金属細工を本能的に求めさせるってわけか。


「だけど、こんな小さいもの、口に入れたりしたら大変だよ」


「そうですね。ですからルッツ様のお袖に付けたままで、少しだけ触らせてあげて下さいませんか?」


「そうだね」


 そんなわけで、俺がカフスを手が届くところまで差し出せば、ルイーゼはますますその目をぱっちり可愛くあいて、両手でそれをぎゅっと捕まえる。


「うきゃあ!」


 なんだか随分な喜びようだな。まあキチンと袖に留まっている限り、危なくはないだろう。フンスフンスと鼻息を荒くするこの小さな生き物の動きを、しばし楽しもうか。


 そんなのんきな気分になれていたのは、ほんの数十秒だった。


「あっ、カフスが……」


 クラーラが驚きの声を上げる。俺にもその声の意味がすぐにわかった……ルイーゼが触れるカフスボタンが、柔らかいプラチナ色の光を放ち始めたのだから。


「この光は……」


 もはや俺もクラーラも、見守る以外できることはない。不思議な発光は二分くらい続いて……やがて止まった。光が収まるとともにルイーゼは興味を失ったかのようにその手を放す。


 俺があわててカフスをチェックすると、なんか色が変だ。もともと俺の好みに合わせて光沢を消した銀色だったはずなのに、今は銀色というよりむしろプラチナに近い色で、表面は磨いたような光沢を放っている。こ、これって……。


「ルッツ様、失礼します」


 クラーラが俺以上にその貌に驚きを浮かべ、カフスを手に取る。ごく短い詠唱のあと、彼女の目が三割増し大きくなって……その手が細かく震える。


「こ、これは……まごうかたなき、魔銀ですわ」


「魔銀!?」


 いや、このカフス、間違いなく銀製だったんだけどね? だけど金属性のクラーラが魔法で確かめたんだ、そしてこの色といい艶と言い……確かに魔銀に間違いないだろう。ということは……。


「それって、ルイーゼが金属変換をしたっていうこと?」


 そんなことができたら、まさにモノホンの錬金術だ。だけど、この世界で錬金術って言ってるのは、結局化学と薬学の混ざったようなもので、ようは常識で語れる化学反応を魔法で後押ししていることを指しているのだ。元素を入れ替えるなんてことは、この世界の「錬金術」ではできるはずもなかった……少なくとも、さっきまでは。


 まさかと思って俺はルイーゼが触れていないもう片腕にはまったカフスを見る。そこには艶を消した渋い銀色のそれが、変わらずあった。クラーラに視線を送ると、彼女がゆっくりとうなずく。俺は意を決して、まだ「銀」のカフスを、ルイーゼの視界にかざす。


「わう~っ!」


 そのとたんに、ルイーゼがものすごい勢いで手を伸ばし、カフスをつかみ取って放さない。そして待つことやはり二分……。


「ふぃ~っ」


 ルイーゼが満足そうに息を吐いて俺の袖を解放すると、そこにはやはり魔銀に変わったカフスボタンがあった。おい、これって、どうすればいいんだ?


◇◇◇◇◇◇◇◇


 俺とクラーラは、ルイーゼを相手にいくつかの実験をした。


 その結果は実に恐ろしいもので……到底俺たちの胸の中に抱え込めるようなものではなかった。そんなわけで今、俺とクラーラ、そしてベアトは、女王陛下の私室にいる。リーゼ姉さんも、ベアトに呼ばれてきたようで、一歩下がった位置に控えている。


「また、厄介な種馬がやらかしてくれたようだな」


 陛下の俺に対する評価が、ものすごく不本意だ。これってやっぱり、俺が悪いってことなのか?


「これが、ルイーゼが銀から変換した魔銀です。鑑定持ちの魔法使いに見せましたが、魔銀に間違いないとのこと」


 クラーラが差し出すカフスボタンを、陛下がためつすがめつした後、大きなため息をついてベアトに渡す。ベアトはその大きな目をさらに広げながらそれを見つめていたけれど、陶器人形モードを変えないまま、リーゼ姉さんに託す。


「つまり……ルイーゼさえいれば、ベルゼンブリュックは永遠に、魔銀の不足に悩むことはなくなるというわけか」


「そうなるでしょう。ですけど……どうもルッツ様の魔力をいただいた時でないと、金属変換する気にはならないようで。いや、ルッツ様がいないとできないのかもしれません」


 うん、俺もその可能性、結構あると思うんだよね。いろいろ実験している最初は面白がって次々錬金していたルイーゼだけど、途中からぱったり金属に興味を示さなくなったんだ。ふと思いついて指を差し出して再度俺の魔力をあげたら、急にエメラルドの瞳がギラっと光って……またまた錬金実験を続けることができたんだ。ないと錬金できないかどうかは別として……俺の魔力があの業にかなり重要なファクターであることは、事実みたいだな。


「ほれ見よ。やはり悪い男ではないか。赤子まで籠絡するとは」


 いや陛下、そこまで言わんでも!


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