第223話 異能の使い道は

 ベアトの平常運転である言葉足らずの説明が理解できていないらしい陛下が、自分の頭の中を整理するような感じで、問い返す。


「ベアト。すでにクラーラの功績で、バーデン領に有望な魔銀鉱山が発見され、採掘も始まっている。我が国の魔法使いに良き術具を行き渡らせるには、それで十分ではないか? これ以上魔銀を量産しても、他国に輸出するしか使い道がない。不自然に輸出を増やせば、敵国にルイーゼの稀有な能力を知らせてしまうだけにならないか?」


 陛下の言葉に、俺もクラーラもうなずく。黄金をチート生産するのが目立ちすぎてダメだというなら、魔銀を生産するのも同じくらいダメなんじゃないか。


「そう。おカネを儲けるためにルイーゼの錬金を使うのはダメ。だけど、魔銀錬成は別……我が国の魔法使いが戦いで生き残る確率を、ぐっと高めてくれるはず」


 相変わらず言葉が足りなくて何のことだかよくわからないけど、賢いベアトがここまで断言するんだ。ちゃんと理由があるのだろう。説明を待つ俺たちを横目に、ベアトはリーゼ姉さんに目を向けた。


「リーゼ、みんなに説明してやれ。戦闘魔法使いからの方が、説得力があるから」


 それまで黙然として、しかし魔銀に変わったカフスにギラギラと真剣な目を注いでいたリーゼ姉さんが、静かにうなずく。そうか、姉さんもベアトが何を言おうとしているのか、理解しているみたいだ。


「私たち軍の高位魔法使いは、このようなものを常に身に着けています」


 そう言いながら姉さんが制服の左袖をめくると、そこには魔銀の腕輪が。中央にあしらわれた大ぶりのプレートには、何やら紋様が刻まれている。


「これは、魔法陣?」


「そうよルッツ。緊急時に詠唱を省略するために、魔法陣や魔法言語による呪文が刻まれたプレートを持っているの」


 魔法を現出させるには、呪文の詠唱が必要だ。低位の魔法なら比較的短くて済むが、戦争に使うような強い魔法は必要な詠唱も長い。紙防御の者が多い魔法使いにとって、詠唱をいかに短くできるかが、近接戦闘を避けがたい戦場で生き残るためには、非常に重要なのである。


 それを助けてくれるのが魔法陣や魔法文字なのだ。あらかじめ刻まれた紋様に魔力を流すだけで、呪文を詠唱したと同じ効果が得られ、ノーウェイトで魔法が繰り出せるというわけさ。まあこのくらいの知識までなら、俺もすでに学んでいることだ。


「だけど、ここに刻まれた魔法陣は水魔法最弱クラスの『水の盾』。不意打ちに一撃だけ耐えるくらいの力しかないの。国内最高の金属性魔法使いに製作してもらっても、これが精一杯なのよ」


 魔法陣を刻む基材は、術者の魔力を瞬時に通せる魔銀素材でなければならない。だが魔銀に細工を施すには、彫金の技術だけではなく、金属性の魔力を込めることが必要なのだ、それもたっぷり、どばどばと。


 高位の魔法ほど精密な紋様を描く必要があって……結局のところ、国内最高の魔法使いでも、敵の攻撃を一時受け流す程度の低位魔法しか刻むことができないのだという。もちろん高い技術を持つ彫金師ならこの国にもあまたいるのだが、それは男性ばかりなのだ。魔力がなければ、魔銀のプレートに一文字たりとも刻み込むことができない……うまくいかないもんだよな。


「だけど、通常の銀であれば男性の彫金師が、いかな精細な紋様でも自在に刻んでくれるわ。ちょうどこのカフスに刻まれた、家紋のように」


 そうか、やっと姉さんやベアトの言わんとしていることがわかった。魔力なしでも加工が可能な銀素材に男の彫金師が精密な魔法陣を刻み、それをルイーゼの錬金で魔銀化すれば、今まであり得なかった高位魔法を無詠唱で繰り出せる、超絶術具が完成するというわけか。確かに、前線の高クラス魔法使いにとっては、垂涎の品になるだろう。


「うむ、この術具を軍の主だった魔法使いに与えれば、不意の襲撃による損失率はぐっと下がるだろう。まずはリーゼ、お前の氷槍魔法で試してみるがよい。要人警護に携わる者にも必須の品になる……接近戦専門のグレーテルはともかく、ミカエラやあの神官……ツェリには持たせてやれ。よし、すぐ彫金師を手配せよ」


「はい、直ちに」


 おいおい、要人警護と言いつつ、その要人って俺のことなんだ。


 まあ、そうなるか。ルイーゼにあのおかしな能力が生えたのはたぶん俺の種のせいだし、そもそも俺の魔力を注がないと、ルイーゼが錬金してくれないみたいだし……結局ヤバい奴は、俺だってことなのか。


「ほれみよ。やはり悪いのは、そこにいる種馬ではないか」


 あれこれの混乱からようやく立ち直ったらしい女王陛下が、俺に呆れたような視線を向けてくる。やっぱり、俺が悪いのかなあ。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 日の当たらない、不人気職業の代表であった彫金師。しかしこれ以降優秀な彫金師に王室が高額の報酬を約束することとなり、数年後には市井の男子たちが目指す「夢の職業」第二位になったと聞いた。


 じゃあ第一位は何かって? もちろん「種馬」なんだってさ。

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