第224話 防壁
なんだかんだと忙しい冬になってしまったけど、ようやく平和が……つかの間かもしれないけど、俺たちの生活に平穏が戻ってきた。
あれから土属性魔法使いを中心とした第四魔法部隊と一緒にバーデンに帰った俺は、シュトゥットガルトの街と、その周辺の農地を幾重にも囲う土壁を設計した。とはいっても、魔法部隊の長と「奥様」グレーテルが頭を突き合わせてああだこうだと練り上げた原案に、無言でうなずいただけなんだけどね。俺には土木工事の才能も知識もないし、実際にその防壁を使って生命を張るのは頼れる幼馴染様だ。こういうのは専門家に任せておくのが一番さ。
そんなわけで、ここひと月ちょっと、街の周りはちょっとした工事ラッシュになっている。まあ、防壁をこさえることで小麦畑の面積は多少減ってしまうけれど……そう遠くない未来に魔物が波のように打ち寄せてくると言われたら、ためらっている時間はないよな。まあベアトがすっごい魔法で「春小麦」を想定外にたっぷり実らせてくれたから、住民たちの食い扶持には何の問題もなくなっている。うん、よしとしよう。
それにしたって、土属性魔法使いたちの土木工事は、すさまじいものだ。二百数十人の女性たちが一斉に声を合わせて詠唱し、術具の杖を前面に向ければ、その指し示すあたりの土が、奥行三メートル深さ三メートル、そして幅は二百メートルくらい、一気にえぐられて宙に浮き上がる。
浮いた土はそのまま空中を数メートル移動して、ストンと落下するのだ。ようは手前に三メートルの深さで空堀を造って、その向こうに同じ高さの土壁をこさえたようなもの……そんな大工事を、ものの数十秒でやれるのだ。わかっていたつもりなのだけれど、やっぱ魔法ってすげえと感心してしまう。もちろんそのあと盛り土を固めたり見張り櫓を造ったりするのは、売るほどいる戦争捕虜男どもの仕事だ。
こんなのを一日に十回ほどやれば、見る間に街は土の防壁で囲い込まれていく。すでにここ一ケ月で一周目の防壁は完成し、いまやその数十メートル向こうに、二周目の土壁を造っているところだ。
「久しぶりの大きな普請ですから、みんなやる気満々ですわ」
俺と並んで、目の前で土壁が着々と築かれているのを監督しているのは、第四魔法部隊の長……五十代半ばの優し気な女性で、伯爵家の庶子なのだとか。
「ご苦労おかけして申し訳ないです」
「いえいえ、この程度なら何でもありませんわ。戦時になるとこんな魔法を一日数十回……魔力回復が追い付かずにポーションをがぶ飲みしながら作業するのですが、あれは厳しいですね」
少し苦笑いをしながら語る隊長。こないだの帝国との戦では、「人間の盾」をかざしながら前進してくる敵の足を少しでも止めるためにと、めちゃくちゃな勢いで地面を掘り返させられたのだという。大変だったみたいだけど……土木部隊の先頭に立っていたのが王国最高の土属性魔法使い、ようは女王陛下であったのだから、手の抜きようもなかったそうだ。
「もう少し、魔力の優れた者が増えてくれると、もっと女王陛下のお役に立てるのですが。聞くところによれば侯爵閣下は、魔法使いの女を強くする『神の種』をお持ちとか。我々の貢献を良しとするなら、我が部隊の女たちにも少し目を向けていただければと思います。どうでしょう、彼女らの中にお好みの者がいれば……」
おいおい、隊長さんがすっかり、遣り手婆になっちゃったよ。だけどその望みの動機は、なかなか純粋なようだ。リーゼ姉さんから聞いていたところによると、土木工事主体の第四部隊は、同じ土魔法使いのトップに君臨する女王陛下へのシンパシーがことさら強い、忠犬軍団なのだという。こういう真剣な人には、すぐほだされちゃう俺だけど……。
「うん、残念ながら、俺は自分の意思でお相手を決められないんだ。彼女たちは、魅力的だと思うけれど……」
「これは失礼いたしました。閣下に直接『神の種』をねだるなど、僭越の極み。われら一同身を粉にして働き、シュトゥットガルトの防衛を完璧なものとすることで、陛下にお認め頂かねばなりませんね。お認め頂いたら……」
うぐぐっ。あの陛下なら「うむ、許す!」とかあっさり言っちゃいそうだ。この人たちは悪い人たちじゃないからできるだけ感謝の印は示したいけど……それが俺の種っていうのが、どうもなあ。今からベアトに根回しして、最低限にしてもらうように調整してもらわないとなあ。
「あら、このような生々しい話、失礼いたしました。たった今の閣下は、それどころではございませんですよね。最愛の側室様……『奥様』が、ご出産なされるのですからね」
グイグイ迫ってきていた隊長さんが、目尻を下げて笑顔を向けてくる。まるで孫の誕生を待つおばあちゃんのようだ。
うん、そうだ。俺の大切な幼馴染は無事に臨月を迎えて……あと数日のうちにきっと、可愛い娘を見せてくれるはずなんだ。楽しみで仕方ないよ。
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