第225話 グレーテルの臨月

「結構大きくなってきたね」


「うん、ここまで大きくなるのは、ちょっと予想外かな」


 はにかむような笑みを浮かべて、俺の大切な幼馴染が、やはり大切な宝物を守っているお腹を、ゆっくりとさする。


 そう、臨月になったグレーテルのお腹は、今まで俺の子を産んでくれたあまたの女性たちよりも、明らかに膨らんでいるのだ。すでに百七十センチを超えた大柄の身体なのに、その膨らみようはお相手の中で一番身体がちっちゃいベアトのそれより、目立つ気がするんだ。


「これだけ大きくなるってことは……もしかして、双子とかってことはない?」


「私も真っ先にそう思ったのよね。そうだったらものすごく嬉しいのだけど……王都から来た助産師もツェリも口を揃えて『魔力の気配は一つだけだ』っていうのよね」


 ふうん……まあ、専門家たちがそう言うなら、違うのだろうな。じゃあ、お腹の子供が、常識では考えられないくらい、大きく育っているってことなのかな。


「そうかもね。もう、ルッツの種だから、何があっても驚かないわ」


 褒めているのかけなしているのかわからない幼馴染のコメントに、苦笑いするしかない俺だ。だけどやっぱり、微妙に心配なことがあるんだよね。


 俺の種を孕んだ女性は、Bクラス以下のひとはみなAクラス相当に、Aクラス以上の女性はひとクラス上に魔力が増大してきた。ベアトの子ファニーは魔力未確定だけど、ベアト自身を教会で測定したら、SSクラスであったらしいから、この法則から外れていない。


 だけどグレーテルはどうも、この枠から外れているようなのだ。だって、俺の子を三人も産んで、魔王級ともいわれるSSSクラス相当になったアヤカさんと魔力比べをすると「ちょっと勝っている」っていうんだから。


 そんな魔力の飛び級ランクアップをもたらすお腹の子が、普通の子であるはずもない。そりゃあ親としては、我が子が高い能力を持って生まれてきたら嬉しい。だけど強すぎる子は、母親になんらか負担をかけているんじやないか、この子を産んで、グレーテルは無事でいられるのだろうかという漠然とした不安が、頭から離れないんだ。


「あっ、また変なこと考えているでしょう? ダメよ、この子はルッツの子。私を幸せにしてくれることはあっても、不幸にすることなんかありえない」


「うん、だけどこんなにお腹が大きくなると心配っていうか……」


「そう、確かにちょっと心配ね。だけど私は、何よりもこの子が大切。この子を産むためなら、私の生命と引き換えてもいい……」


 おいおい、怖いこと言うのはやめてくれよ。


「とか、言うと思った?」


 シリアスになりかけた流れを振り払うように、グレーテルがいたずらっぽく舌を出す。そして俺に、強い意志に輝くグレーの瞳を向けた。


「大丈夫。たとえ何があっても、私はこの子を無事に産むし、自分の身を損なったりもしないわ。だって……何かあったら、ルッツが悲しむから。私もこの子も、ルッツを幸せにするために、存在しているのよ。何か悪い運命が待っていたって構わない、運命なんて、私の力でねじ曲げてあげる!」


 ああ、やっぱり俺の幼馴染はこうじゃないとな。俺が思いつくような心配は、とっくに彼女だって考えている。考えた上で、力でねじ伏せ、俺の望む幸せを与えてくれようとしてくれてるんだ。思わずおかしみがこみ上げて……グレーテルと二人、しばらく笑い続けていた。


    ◇◇◇◇◇◇◇◇


「さすがに、そろそろ産まないと、後が苦しい……むしろ危険だと思います」


 王都からはるばる来たという助産師さんが、真顔で忠告する。


 出産するだけならバーデンにはツェリさんのような助産師資格持ち聖職者もいるからそれほど心配はないのだが、グレーテルの父母たるハノーファー侯とその婿殿が初孫フィーバーに浮かれ、あれこれ世話を焼いてくれていて……こうして専属の助産師から、乳母まで送ってくれているというわけだ。まったく、貴族ってやつは無駄遣いが好きだよなあ。まあ、順当に行くとグレーテルの娘は次々期ハノーファー侯爵だからな、ジジババが盛り上がるのも無理はない。


 おっと、思考がそれた。いずれにしろこの女性はベテランだ。その人が、これ以上お腹の子供を大きくすると、難産になって子供にもいろいろ大変なことになるのだと言っている。豊富な経験に基づくアドバイスは重い、なんとかなるならしたいけど……。


「では、すぐに出産しようとしたら、どういう手段があるの?」


「陣痛を起こす薬はありますが、副作用もありますので……」


 助産師の歯切れが悪い。すぐ産まないと危険と言いつつ、すぐ産ませるための薬には、どうやら母体や胎児に悪い影響があるらしい。


「そっか……薬はイヤだな」


「ですが、このままでは……お嬢様!」


 そう、ハノーファー家から見たら、グレーテルは今でも「お嬢様」。王配の側室なんて微妙な立場の人じゃなく、唯一無二の侯爵家後継者なんだ。ここで健康を損ねるわけにはいかないのだ。


「うん、なら、手段はあると思う。ルッツ、来て?」


 もちろん「奥様」の命令だ、俺は跳ね上がるように立ち上がって、彼女のもとに駆け寄る。


「はい、ここに手を当てて」


 いわれるままに俺は、膨らんだお腹に掌を当てる。しばらく触れ合っての魔力補充をしていなかったせいか、幼馴染の表情が満足そうに、とろんと緩む。


「はあ~っ、やっぱりルッツの魔力は、最高ね……」


 俺には感じ取れないけれど、きっと魔力が彼女の身体にどばどばと流れ込んでいるのだろう。しばらくすると俺の手に、胎児がはっきり動く気配が伝わってきた。


「うっ、やっぱり。ルッツの魔力は、出産を促す力もあるみたいね……急いで準備して!」


「はっ、直ちに!」


 俺たちのログハウスに、たちまち緊張が満ちた。


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