第226話 グレーテルの子は
「くっ、ふうっ!」
苦しそうな声とともに、幼馴染の額から汗が流れ落ちていく。英雄の再来とか、光の勇者とか讃えられるグレーテルであっても、やっぱり出産というのは難儀なものであるようだ。
そういや最近、俺って立会い出産の常連になりつつあるなあ。この世界では出産は女性だけで密やかに行う儀式であったはずなのだが……どうもクラーラあたりから、当たり前のように妻や愛人の出産に付き添うことになってしまっている俺だ。まあ、結構な難産になっても俺が魔力を注ぎ込むと、なんだかいい方に向かうケースがあったからなあ。
そんな中でも、比較的安全なのがグレーテルのそれだと思っていたから、苦しそうな彼女は意外だった。だって彼女は自らの身体を鍛え抜いている上に、大陸最強の治癒魔法使いなのだ。万が一にも間違いが起こるはずは……と気楽に考えていた俺は、甘かったのだろうか。
「私は……大丈夫。ちょっと苦しいのは、治癒魔法をすべて、子供の方に振り向けているからよ。うっ、いてて……」
なるほどなあ。グレーテルが待ち焦がれた「宝物」を無事に産むために全力を振り絞るのは、わからなくもない。
「でもお願い、手を握っていてっ!」
そんないじらしい願いをかなえずにいられようか。俺はこの愛しい幼馴染の汗ばんだ右手をギュッと両手ではさみ、想いを込めた。あんまり役には立たないだろうけど、せめて一人で戦っているんじゃないと、わかってほしいから。
「うん、ルッツの魔力、あたたかいわ……うっ!」
「グレーテル!」
「お嬢様、頑張って、もう少しです!」
「はああああっ!」
次の瞬間、待ちに待った声が響いた。
「う……あああんっ!」
それは俺とグレーテルの愛の結晶が上げる、産声だ。ようやく、彼女がずっと望んでいた我が子が、無事に生まれたのだ。
「産湯の用意は!」「抜かりなく!」
助産師さんとツェリさんを中心に、きびきびと必要な処置をしていく。もう任せておいていいよな。
「グレーテル、お疲れ様。頑張ったね」
「う、うん、だけどまだ、お腹が……」
そう言われて彼女のお腹を見れば、さっきまでより小さいけど、まだ明らかにふくらんでいる。これって、後産がどうこういう大きさじゃないよな。
「ツェリさん!」
「……信じられませんが、双子のようです」
いや、双子ってこの世界でも普通にいるんじゃないの? なぜツェリさんが驚いているのかわからないけど、とにかくもう一人生まれてくるらしい。
「お嬢様、お疲れとは思いますけど、もうひと頑張りですわよ!」
「これくらいで、私が疲れるわけないじゃないの。公国軍に斬り込んだ時を思えば、楽勝よ。もう一つ宝物が増えるなんて、私は幸運だわ。どんと来い、よ! ふううっ!」
おおよそ貴族女性っぽくない男前な気合いを入れて、グレーテルがまた奮闘を始める。俺にできることは、この愛しい幼馴染の手を握って、彼女と子供の無事を祈ることだけだった。
そして、しばしあれこれの後。
「ふえぇぇん……」
一人目の元気一杯って感じあふれる産声とは一転して、なんだか消え入りそうな弱々しい二人目が上げる声。まあ、泣けるんだから、なんとか大丈夫なんだろう。
「あら、まあ……」「これはびっくりです……」
うん? 何だか助産師さんとツェリさんの反応が微妙だ。何が起こったんだろう、あ、もしかして?
「ついておりますわね?」「ええ、しっかり。初めての男の子ですわ!」
え、そうなの? 今まで二十数人の子供をこさえて、一人も生まれていなかった男の子が、よりによって一番受胎しにくかったグレーテルに授かるなんて。グレーテルの子ならどんな子でも愛せるけれど、男女が一気になんて、すごいご褒美イベントだ。じわじわ嬉しさがこみ上げてくる。
「はい、男性の出番は終わりですよ!」
にへらにへらと笑う俺は、助産師さんにここで追い出された。そうだよね、女性はこの後も、いろいろ面倒があるからなあ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
しばしの後。俺は産室に戻ることを許されて、すっかり産湯できれいになった二人の子を、グレーテルと一緒にしみじみと眺めていた。
「ほんとにお疲れ様だったね」
「うん、思ったより大変だった。だけど私は幸せよ、こんなに可愛い子を、二人も授かるなんて」
その子供たちは、侯爵家から山ほど送られてきた最上級の産着に包まれている。
女の子は、予想通りというかなんというか、俺に全く似たところがない。グレーテルと同じストロベリーブロンドの髪はしっかりと生え揃い、早くも開いたグレーの瞳は、好奇心で輝いているように見える。
そしてひっきりなしに小さな身体を動かして……早く自由に歩きまわりたいと訴えているかのようだ。容姿だけじゃなく、元気で活発なとこも我が幼馴染に似てくれたみたいで、なかなか嬉しいぞ。きっと魔力も、俺の変な種のせいでSS以上が確定なんだろうし……お義母さんのハノーファー侯爵閣下が跡継ぎフィーバーで狂喜乱舞する姿が、目に浮かぶようだ。
それと比べると……対照的な様子の男の子に俺は目を向けた。
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