第227話 初めての男子

 男の子は嬉しいことに、俺そっくりの銀髪だ。まだ目があく気配はないけれど、きっとまぶたの奥には、俺と同じエメラルドグリーンの瞳が隠れていると信じられる。ああ、なんだか俺、親バカ全開……やっぱり初めての男子誕生に、盛り上がっているのかなあ。


 だけどこの子は、随分おとなしい子らしい。ほんとに生きているのか不安になるくらい動かないし、産声を上げて以来、泣きも笑いもしていない。よく見るとそのちっちゃな手を、わずか数十分前に産まれた姉の方に、一生懸命伸ばしているようで……試しにその手を姉の手に重ねてみれば、弱々しくもしっかりと握って、放す様子がない。


「今からシスコンじゃあ、後が心配だなぁ……」


「しすこん?? 何それ?」


「いやあの……元いた世界の言葉でね、姉さんが好き過ぎていろいろおかしな人のことなんだけどね」


「それって……まんまルッツじゃない。親子って性癖まで似るのね」


「そんな、ひどいよ」


「あら? 自覚がないとか、ありえないわね。この間ルッツはリーゼお姉様に、何をしたかしら?」


 うぐっ。まったく反論できない。何をしたかというか、ナニをしてしまったからなあ。


「スミマセン……」


 しょぼくれる俺に、グレーテルはなぜか温かい視線を送ってくる。


「ふふっ、いいのよ。私は、こんなに幸せなんだもの。こんなに輝く女の子を授かっただけじゃなくて……ルッツの長男を産むことができたなんて、夢みたいよ」


 まあこの世界では長女にはみんなはっちゃけるけど、長男なんてゴミカスみたいな扱いだけどな。そうはいっても「初めての」と「一番の」が大好きなグレーテルだ、俺の「初めての」男子を我が手に抱いたところに、マウント気分を味わっているんだろう。まあここんとこグレーテルは働きまくってくれていたし、余計なものも含めていろいろ世話も焼いてくれたし……喜ばせることができてよかったかな。


「だけど……双子だなんて思わなかったよ。助産師さんだって、双子はあり得ないって言ってたじゃないか。ねえ、ツェリさん?」


 いきなり話を振られたツェリさんが、その表情に申し訳無さそうな色を浮かべる。ああ、ツェリさんも助産師資格を持っていて……この子は双子じゃないって言ってたなあ。


「申し訳ございません……感じる魔力が間違いなく一つでしたので、双子はありえないと申してしまいました。まさか、男女の双子などというケースがあり得るとは……」


「あれ? 男女の双子って、そんなに珍しいの?」


 俺の見せた驚きに、むしろツェリさんのほうがびっくりした表情になる。あれ? 二卵性双生児って、それなりの確率で出るよね? 二卵性だったら、男女ができてもおかしくないだろうに。


「主様、少なくとも近隣諸国も含めここ数十年、そんな双子は産まれていません。女同士、男同士の双子はあまた事例がございますけれど」


 え? そうなの? そんな激レアだったとは……だけどツェリさん、ナチュラルに俺を「主様」とか呼ぶのは、やめて欲しい。なんだかイケナイ気持ちになってしまいそうだから。


 いやいや、そんな話じゃなかった。男女の双子がそんなに珍しいのはなぜなんだろう。


「昔から助産師の間で語り継がれている定説ですが……男女が同時に受胎しても、弱々しい存在である男の胎児は女子の魔力に負けて、ほどなく流れてしまうのだと。男子は魔力耐性がないため、胎内で女子と共存できないと教えられてきたのですが……」


「あっ、もしかしてそれって……ルッツのあの力が?」

 

 ああ、ニブい幼馴染でもそこ、気づいちゃうよなあ。なぜか俺には、グレーテルの殺人級雷撃魔法にも、アヤカさんの魔王級威圧魔法にも耐える、謎のレジスト能力が備わっている。それがこの子にも遺伝して……SSなのかSSSなのかわかんないけど、尋常じゃない魔力を持つ姉の魔力に、耐えたんだ。ドヤ顔で説明するグレーテルに向かって、ツェリさんが大きくうなずいた。


「なるほど、『奥様』のお話を伺ってようやく得心いたしました。やはり、主様は特別なお力を持ってこの世に生まれたお方……まさに至高神の使徒にふさわしき尊き存在であられます」


 出たよ、ツェリさんの崇拝モードが。だから俺、エ◯ァンゲリオンの敵役はごめんなんだけど……と思いつつ彼女の表情を見れば、まさにうっとりとして、明らかに俺の背後に至高神の姿を見ているに違いない。何を弁解しても無駄そうな雰囲気に、仕方なくおれは地蔵になる……沈黙は金だからな。


 待てよ、俺のレジスト能力は、異常な保有魔力のせいだっていってたよな。だとすれば……気づいた瞬間、グレーテルと目が合った。どうやら同じことを考えていたみたいだ。


「うん、ルッツのもう一つの力……魔力補充能力も、この子にしっかり、伝わっているわ。おかしいと思っていたのよ、お腹に魔力を注ごうとして手を触れると、逆に魔力が流れ込んでくるのだもの」


「そうなると、この子って……」


「うん、間違いなくルッツに次ぐ、国の宝になるわ。逆にいえば、諸外国は皆、この子を我が物にせんと、次々狙ってくるでしょうね……」


「どうしよう……」


「何言ってるの。この子は私の宝。必ず、守ってあげる……もちろん、ルッツもね」


 いきなり心細くなってしまった俺に向かって、キュッと口角を上げる愛しい幼馴染。その姿に、しばらく呆けたように見惚れていた俺だった。

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