第228話 光の勇者
「さあ、一日サボるわけにもいかないから、伐採に行こうかしら」
「いや、ちょっとちょっと待って!」
おいおい、この元気な女の子は、よりによって子供を産んだその日に、お外で労働するつもりらしい。いくら何でも、そりゃないだろ。
「あら、大陸最高の治癒魔法をかけてあるんだから、私はいつも通りよ。というかお腹が軽くなったから、むしろ自由に動けるんだけど?」
そりゃそうだ。自身が最高の光属性魔法使いなんだから、身体の傷はもう治っているだろうね。働きウーマンのグレーテルとしては、むずむずしちゃうのもわからなくもない。だけど、さすがに俺としては、ゆっくりと心身を休めてほしいと思うんだ。
「うん、わかる。だけど今日くらいはのんびりしない?」
「だって……」
「じゃあさ。この子たちの名前を考えようよ。まだ、決めていないんだろう?」
そう投げかけた言葉には、即座に反応があった。さすがに子供のためとなると、食いつきがいい。
「そうね。女の子の名前は前から決めていたけれど……」
あ、決めちゃってたのね。一緒に考えることで時間を稼いでいるうちに、働こうなんて気がなくなってくれるんじゃないかと思ったりしたんだが……これはしまった。
「どんな名前?」
うん、せめて名前にまつわる会話で、この自由な幼馴染を引き止めねば。
「ふふっ、この子は光属性最強になるべく運命づけられた娘。だから名前はこれしかないわ、『ヴィルヘルミナ』これよ!」
「それって、伝説の勇者からとったんだよね……」
「もちろんよ、光属性の勇者ヴィルヘルミナはね……」
そして、グレーテルの勇者にまつわる講義が延々と続く。いやまあ、いくら異世界から来た俺といえど、国民の全てがそらんじているという勇者伝説は、さすがに知ってるわ。
三百年前に魔王を退けし功業はあまたの吟遊詩人に唄われ、小説に書き記され、王都中央公園のど真ん中に彫像として刻まれ、親子たちの間で語り継がれている。勇者ヴィルヘルミナの名を「見ざる、聞かざる、言わざる」することは、このベルゼンブリュックでは不可能事なのだ。
女神より授けられし聖剣を左手に握り、無敵の光属性魔法を自在に操る彼女の姿は、その名を聞いた瞬間、国民のまぶたの裏に間違いなく再現される、そんな勇者なのだ。母さんが呼ばれる「英雄」とは、言葉の重みが違う。
「この子は、間違いなく大陸一の光属性魔法使いになる。そして私が、最強の戦士に育てるわ……ヴィルヘルミナの名にふさわしい、最強の『勇者』にしてみせるわ」
なんだか、グレーテルの親バカはっちゃけぶりがすごすぎる。まあ、子供欲しい欲しいと言っていたのに婚姻を待たせちゃって、婚姻後もなかなか出来なくて……そんな思いをした後にようやくできた女の子……盛り上がるのも仕方ないか。
「だけど……この子の魔力が『勇者』並みになるとは限らないじゃないか、そんなに力むのは早いんじゃないの?」
「ううん、勇者並みは確定よ。子供を産む前、教会で私の魔力を測定したら……SSS相当だったわ。今までルッツが子作りすると、母親の魔力クラスが上がって、子供の魔力もそれと同等だったでしょう? この子は伝説級の、SSS魔力持ち確定よ!」
ああ、そうなんだ。俺の中ではまだ、自分の子が普通の人間として、平凡な生活の中で幸せを築いてほしいという思いがある。だけどこの幼馴染が力説していることは、今までの事例を見れば、たぶん正しい……我が子は悲しいことに、勇者の素質を持って生まれてきてしまったのだ。
しかもその母親は俺と違って、我が子が特別であることに、何の抵抗も疑問も抱いておらず、むしろ歓喜を覚えているらしい。まあこの辺が、庶民メンタルの俺と、何代も前から青い血を受け継いできたグレーテルの違いなんだろうなあ。
「だけどさ……この子が、魔王が来るのか来ないのかわかんないけど、そんな怖いやつに立ち向かうことを望むのかどうかは……」
「間違いなく、望むわ」
ぴしゃりと断言される。
「光属性というのはね、『聖職属性』あるいは『勇者属性』といわれているの。その魔力は、それを持つ者の精神に影響を及ぼして……行動を、ある程度決めてしまうのよ。高いクラスの光属性を持つと、何かに尽くさざるを得なくなるの」
うん、俺もそれ、フロイデンシュタット家の蔵書で学んだっけ。光属性持ちはその魔力に影響を受け、善かれ悪かれ、極端な精神構造になるのだと。
「だから、ひたすら至高神を愛し尽くす聖職者となり一生を捧げるか、民や国のために悪しきものへ立ち向かい滅ぼす戦士や騎士といった存在となるか、どっちかになることがほとんどなの。この子もそこからは逃れられないでしょう。だったら私は、異教徒が来ても魔王が来ても打ち払えるように、この子を鍛えるわ。もちろん生命ある限り、私自身がこの子を守るけどね」
そう言いつつ口角を上げる俺の妻は、とても可愛い。
だけどふと疑問がわく。最近のグレーテルは、以前の直情的で極端なところが丸くなって、部下だけじゃなく、俺のまわりにいる女性たちにも気を遣ってくれる、理想的な妻だ。光属性の魔力が増したというのに、精神的影響は受けていないのだろうか?
そんな疑問を口にした俺に、グレーテルは今年一番の笑顔を向けた。
「もちろん光属性の魔力は、まだ私の精神を支配しているわ。誰かに尽くせと私の属性が命じてることは、たった今も感じてる。だけど、私はもう、生命をかけて守り愛すべき対象を見つけたから、揺るがないのよ」
ああ、ようやくできた、この子のことか。そう一人合点した俺に、首を横に振る幼馴染。
「違うわ。私が生涯尽くすべきひとは……ルッツ、あなたよ」
まじか。あのグレーテルから、こんな言葉がもらえるなんて……嬉しい、ただひたすら嬉しい。耳まで紅く染めながらストレートなデレを吐き出した愛しい存在を、俺は力いっぱい抱きしめた。
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