第203話 転移魔法って

 いや、なんでベアトの大事な首席秘書官であるアデルが、わざわざ辺境の極みであるバーデンくんだりまで来るんだよ。


「うん、アデルにも俺の領地バーデンを見てもらいたい気持ちはあるんだけど……ベアトの補佐を最優先にして欲しいんだよね」


「ええ、そうしているつもりです。今回の旅の目的は、私のためではなくベアト様を幸せにして差し上げるためですから」


 う〜ん、なんのことかわからん。俺が首を傾げているのを見ても、いつも通り言葉の足りないベアトは説明してくれない。だがアデルは頭の切れる子だ、俺の疑問を素早く汲んで、分かりやすく答えてくれる。


「ベアト様がお忙しい中でもルッツ様と過ごせるよう、バーデンと王都を転移魔法で繋ぐことができないか、実験をするのです」


「転移魔法??」


 これはまた、厨二マインドをくすぐる魔法じゃないか。確かに風属性魔法使いの中には離れた空間を繋げられる者がいて、バーデンにも幾人かの瞬間移動を操る術師がいたはずだ。だが、それはせいぜい数十メートルを移動する程度のもので……術の発動に時間がかかることを含めたら、あまり実用性がないとされていた。せいぜい、どっかの屋敷に忍び込むときの壁抜けに使うくらいかなあ。その使い勝手の悪い魔法を、辺境と王都の間を移動する手段にしようっていうのか。


「なんとも壮大な構想だけど、それやるのに必要な魔力を考えたら、よほどの高クラス魔法使いでもないと難しいんじゃないか?」


「いるではないか。国内随一の風魔法使いが、目の前に」


 それまで黙っていたベアトが、ふいに口を挟む。


 そうだ、もともとAクラスの魔力持ちであるアデルは、俺の種を孕んだことでSクラス相当に成長している。間違いなく国内では最高の風魔法使いだ。確かに、その任務については適任と言えるだろうな。


「僭越ながら私が、瞬間移動魔法でどこまで移動できるか、ルッツ様のご一行に随行して調査いたします」


 きゅっと背筋を伸ばして宣言するアデルは文句なくカッコいい。だけど、心配事はある。


「ねえアデル、まだ子供を産んでから十日やそこらでしょ。身体は大丈夫なの?」


 思わず元世界の感覚で聞いてしまう俺に、アデルがそのキリッとした宝◯顔に、笑みを浮かべる。


「私のことまで気に掛けて頂き、ありがとうございます。ですが心配はご無用です、王宮付きの治癒魔法使いが三人がかりで、完全回復してくれましたので」


「それに、エーリカの世話だって……」


 そう、エーリカと名付けた、生まれたばかりの娘を、放っておくのかよ。


「はい、名誉なことにフランツィスカ殿下やルイーゼ殿下と一緒に、五人の乳母が交代で見てくれますので……下手に私が手を出すよりも、手厚い養育ができるのですよ、ですからルッツ様はお気になさらず」


 はあ……この世界、優秀な女性は産休もろくに取らず働くというが、大変だなあ。だけどアデルの顔には「何でそんなこと心配してくれるのか?」って書いてある気がするし、ここは黙ろう。


「ですが……『実験』にあたっては、全面的にご協力を頂かねばなりませんが……よろしくお願いしますね?」


 はい? 俺、手伝わされるの??


◇◇◇◇◇◇◇◇


 翌朝王都を立った俺たちは、とある村で昼ごはん休憩をとる。


 ミカエラの目はもう、旅人たちを当て込んで村人が営むパスタ店に釘付けだ。仕方ないので護衛仲間の分も合わせて、いくばくかの小遣いを渡してやる。満面の笑みを返礼に残して走り去っていく彼女は、やっぱり犬系ペット枠だ、エサやり楽しいな。


「さて、ルッツ様には『実験』にお付き合い頂きますね」


 俺ものんびり優雅に昼飯としようと一歩踏み出したところで、アデルの凛々しい声が行く手を遮った。あ、そういや手伝わされるとか言ってたっけ。


「なあ俺、何をすればいいのさ?」


「私と一緒にいて下さればよいのです、さあここへ」


 彼女が地面に描いた円の中に足を踏み入れると、女の子とは思えないくらい強い力でぐっと引き寄せられる。


「おい、一体なんだか……」


「少しだけ動かないで下さい、すぐに終わります」


 そう言ったアデルは俺には理解できない言語で何かをつぶやき……ふと視界が揺らいだと思うと、目の前には大好きなベアトが、書類に向かっている姿があった。


「うん、順調のようでよかった」


「ベアト! ここは……王宮の執務室?」


「そうだ。これから半日に一度、旅先からここへアデルの魔法で転移してくるのが、ルッツの務め」


「なんで俺が必要なの?」


「知れたこと。魔力切れになったら、戻れないではないか」


 なるほど。俺はまさにモバイルバッテリー役として、ここにいるのか。


「う~ん、この程度の距離では魔力を補充していただくまでもないですね。それでは……」


 またアデルにがしっと抱き寄せられ、もごもごっと詠唱が聞こえたかと思うと、周囲の景色は一変し、昼休みをとった村がそこにあった。目の前のテーブルではミカエラがパスタをがっついており、いきなり現れた俺たちに慌て、麺をのどに詰まらせてむせている。


「これは……すごいものだな」


 もはや感心するしかない。母さんやグレーテルみたいな攻撃型の魔法使いをこんな技でいきなり敵の後方に送り込めば、こないだの戦なんか完勝できただろう。まあ、そんな長距離転移ができる魔力持ちは、これまでいなかったのだが。


「まあ、行ったことのある場所にしか転移できませんし、距離も魔力次第で……制約の多い魔法なのですよ。私もこの間まではそれほど長距離を翔ぶことはできませんでした。ルッツ様に与えていただいたこの力で、どこまで距離が伸ばせるか……楽しみで仕方ありませんね」


 アデルがニヤリと口元だけで微笑む。なんだ、この子も結局、魔法オタクだったか。

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