第7話  聖なる儀式ではアリマセン

「まあ、そういうわけでね。『種馬』だって子供の活躍次第で、社会的評価も富も得ることが出来るんだよ。実際にそれを職業とするかどうかは別にして、可能性は排除しないで欲しいかな」 


「ジーク兄さんが俺のために言ってくれてることはわかってる。まだ迷ってるけど、能力を測るくらいは、やろうかなと思ってるんだ。だけど、とりあえず何をすればいいのかな? 種馬やるための鍛錬も、勉強もないのだろう?」


 俺の答えに、やっとわかってくれたかというように兄さんは口元を緩める。


「勉強だって、あるよ。少なくとも種付けする女性に好感を持ってもらえる程度の教養や会話術、立ち居振る舞いや身繕い、化粧や香水に関する知識だって必要だね」


「うは〜、それ一番苦手なやつ……」


「そう言わず、一般教養だと思って受け入れてくれよ。最低限をこなせば、あとはルッツの好きな仕事につくための勉強をすればいいからさ。経理でも料理でも、剣術でも……」


 そこで、兄さんが一旦言葉を止めて、俺に真っ直ぐ視線を向ける。


「だけど『種馬』になるために、絶対やるべきことが、一つある」


「それは?」


「言ったろ? 『洗礼』だよ。ルッツは十三歳、ちょうど『洗礼』を受ける齢なんだ。実は……一ケ月後に受けるよう、もう父上が手配を進めているはずだよ」


「ええっ?」


 この世界の「洗礼」は、元の世界で行われている「洗礼」とは、全く違うものだ。ある程度良い血統を持つ男子が十三歳になった時、協会が選ぶ複数の相手と、初めての子作りをする儀式なのだと、ジーク兄さんが教えてくれた。元の世界なら「教会」で行う洗礼だが、ここでは「協会」つまり、あのスタッドブックを発行している魔法血統協会で授けられるわけだ。お相手は、その種馬の能力が出来るだけ正確に見積もれるような血統の女性を、慎重に「協会」が選んでくれるのだという。つまり、俺の好みなんかは完全に無視されるということ。


「気が進まないなあ……」


「だけど『洗礼』を受けないと、種馬としてのスタートラインがずっと後ろになってしまうよ。それに『洗礼』は、僕たち『良血』と言われる貴族の特権なんだ、使わない手はないと思うけど」


 そう、兄さんの言うことは、頭では分かっているんだ。だけど元の世界でしみついた頑固な倫理観が、愛のない子作りを唯々諾々と受け入れることを良しとしないのだ。俺は、大きく一つため息をついて、空を見上げた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 その晩、家や領地の管理でいつも忙しく飛び回っているはずのアルブレヒト父さんが珍しく俺たちと夕食を共にしたかと思ったら、その場で俺の「洗礼」が一ケ月後に決まったと告げられた。


「あの……それ、しばらく延期したりできないかな?」


 もちろんそれを拒否するわけではないけど、少しこの気持ちを整理する時間が欲しい、そう思ってのお願いだった。だけど、俺が目覚めて以来ひたすら優しかった父さんが、ここだけは語気を強めた。


「ルッツ、これは王国貴族男子の、神聖な義務なんだ。国の礎を支える仕組みを、我々有力貴族が否定してはならないんだよ、これは父の命令と思うのだ。心配するな、『洗礼』さえきちんと済ませてしまえば、意に染まない種付けをさせるため無理やり他家に送るようなことはしないから」


 やっぱりこの父は、優しい。俺の価値観は認めたうえで、最低限の義務は果たせと諭してくれているんだ。仕方ない、減るものじゃないし、ここは……我慢しようか。


「ふん、たまたまジークの『洗礼』がうまくいったからと、ルッツも使ってせこく稼ごうとしているのだろう、卑しいことだな。二匹目のどじょうなんてのは、そういないもんだぜ」


 俺が渋々覚悟を決めたところに、無遠慮な声が割り込んできた。振り返るとそこには、二人の青年……フロイデンシュタット家「種違い」の兄たちだ。俺もジーク兄さんも父さんの銀髪を受け継いでいるが、それぞれ父親が違う二人の兄は金髪と茶髪。


「マテウス殿、ニクラウス殿。優れた遺伝子で優秀な魔法使いを作ることは、卑しきことではありませんよ。王国の未来を創るために、必要なことです」


「ふん」


 父さんが呼び方にまで気を使って丁寧に諭しても、馬鹿にしたような態度で鼻を鳴らす二人。いくら血はつながっていなくても彼らにとって年上であり、一応義理の父であるはずの父さんに対して、その態度はないだろう。


 怒りに立ち上がりかけた俺の肩を、ジーク兄さんが押さえる。兄さんの目にも静かな怒りの炎が燃えているのを確かめて、俺も冷静さを取り戻して、二人をぐっとにらむ。


「ねえ、兄さんたち。僕の種付け料をうらやむ暇があったら、『種馬』以外で稼ぐ技術を磨かれたらいかがですか……経理学や法律の勉強でも、剣術でも。そういう努力をしないで僕やルッツを蔑むのは、やめてもらえませんか」


「うらやむだと?」「貴様、兄に向かって無礼な……」


「そう、目上の者に対し、僕の言いようは無礼かも知れませんね。ならばあなた方も、我が父アルブレヒトに対して吐いた無礼な言葉を詫びてください。そうすれば、僕も兄さんたちに敬意を払いますよ」


 口調は穏やかだったが、その言葉には鋭い刃が仕込まれている。俺に対してはただただ優しく綺麗な兄だったジークの茶色の視線が、長兄と次兄に突き刺さる。二人はしばらく頬をぴくぴくと痙攣させていたが、やがてお決まりの捨て台詞を吐いて退散した。


「くそっ、覚えていろ!」

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