第6話 スタッドブック

 豪華本の一頁目には、いきなり初老のおじさんの絵姿が描かれ、その下にはこんなデータが詳細に記されていた。


【氏名】アルベルト・フォン・シュトックハイム

【年齢】五十一歳(王国暦七百八十三年生)

【髪色】赤毛 【目の色】ヘイゼル

【評価】SS 

【種付料】千三百金貨(一夜契約)

【血統】ロベルト系 

 父 ローゼルト・フォン・アイデンブルグ

 父の父 ベンノ・ツァイス 

 母の父 ディルク・フォン・ヴァイマール

【適性】火S 水S 木A 金B 土A 風A 光C 闇ー

【魔力】S 【魔法制御力】S 【体質】B 【安定性】S

【女子出生率】 五十五%(219/401)

【主な子】アリシア・フォン・シュトックハイム(王国筆頭魔法師)

    ベアトリス・フォン・シュタイナハ(建設省次官)

    クラーラ・フォン・クルムバッハ(国軍第三騎士団長)

【短評】女子さえ生まれれば「外れ」が全くない抜群の安定性を誇る、王国最高の種馬。シュトックハイム家の婿であるが、依然現役として毎年のように俊英を生み出している。年齢的な面もあり受胎率が低下気味だが、高額の種付料に見合うだけの実績がある。彼の男子たちには後継種馬としての期待がかかっているが、現時点好成績を残せた者はいないのが残念。


 何だこれは。これってまんまダ◯スタの種牡馬名鑑じゃないか。


「これって、子作り相手を選ぶための……」


「そうさ。女性は一生のうちに産める子供の数が限られる。その中で優れた女子をいかに出すか、それが家の存亡を決めるわけだから……子供の魔法能力の八割を決めると言われている『子種』は、大枚をはたいたって最高のものを購いたい。それが貴族女性共通の願いなのさ」


「じゃあ、ここに書いてある金額を払えば……」


「そうだね。一晩、それとも契約によっては妊娠するまで、子作りに励む義務が男に発生するというわけだ」


 なんだか人身売買か、管理◯春みたいで、どうも気分が良くない。この世界では、男は商品なのだ……こんないかがわしい本に個人情報をびしばし載っけられるのは、たまらんなあ。


 そこまで考えたとき、俺の背中に寒気が走った。もしかして、貴族の……おそらく魔力遺伝の可能性が高いであろう……俺も、こうやって種馬扱いされて、売られてしまうのか?


「もちろん、そうなるさ。ルッツだって伯爵家の良血だ、愛娘をつがわせたいと思っている貴族や大商人は、多いはずだよ」


 俺のイヤそうな顔色を読んだかのように、怜悧な兄さんが宣告する。


「ルッツのいた世界の価値観では、あまり気持ちいいことではないのだろうね。だけどこの世界の男が、最もその力を社会から称賛され、家と国の発展に尽くせるのは、種馬として優れた魔法使いをあまた生み出すこと、それ以上のものはないんだよ」


 うん、それはだいたい理解した。だけど、自分が子種だけの商品扱いされるところに、まだ割り切れないだけなのさ。


「まあ、そういうのを一切拒否して経理なんかを学んで、一生書類仕事で働く道も、ないことはないけど……競争率高い割に収入は少なく社会的評価も低くて、生活はとても苦しくなるよ。他に仕事を持ったっていいけど、自分の種馬としての才能くらいは、知っておくべきじゃないかと思うな」


 押し付けがましい言い方を嫌うジーク兄さんが、ここだけはぐいっと押してくる。俺が異世界の価値観に縛られて、生きる道を狭めてしまうことを、本気で心配してくれてるのだろうな。精神は俺のほうがずっと年寄りなのに、なんだか彼のほうが、ずっと大人だ。俺は少しだけ気分を前向きにして、兄さんに問い返す。


「じゃあ、兄さんもこの『スタッドブック』に載ってるのかい?」


「もちろんさ! 見てみる?」


 なぜか嬉しそうな顔で、ジーク兄さんは綺麗な緑色のしおりが挟んである頁を開く。そこには、清冽な美貌を持つ凛々しい絵姿とともに、彼の「種馬」としての評価が記されていた。


【氏名】ジークフリート・フォン・フロイデンシュタット

【年齢】十五歳(王国暦八百十九年生)

【髪色】銀 【目の色】茶

【評価】B 

【種付料】百金貨(一夜契約)

【血統】エグモント系 

 父 アルブレヒト・フォン・フロイデンシュタット

 父の父 エルヴィン・フォン・アイスフェルト 

 母の父 エーリッヒ・フォン・ヘルブルグ

【適性】火B 水B 木B 金C 土B 風ー 光ー 闇ー

【魔力】B+ 【魔法制御力】? 【体質】? 【安定性】?

【女子出生率】 六十三%(5/8)

【主な子】 成人済の子供なし

【短評】国軍の英雄であるフロイデンシュタット伯ヒルデガルドを母に持つ良血。まだ実績はないが、洗礼で儲けた五人の娘はすべて高位の魔力持ちであり、今後確実に頭角を顕すであろう逸材。


「これって、結構高い評価……なんだよね?」


 自分では魔法が使えないのだから、「子供」が能力を示さない限り、種馬としての力は評価されないはず。兄さんはようやく今年十五歳で成人の仲間入りしたばかり、すでに一晩百万円の種付け料って、どうやって付いたんだろう?


「うん、相当高い評価だね。トップ種馬のアルベルト様だって、デビュー時にはこれほど評価されていなかったと思うな」


「じゃあ、なぜこの評価に? まさかもう兄さんの子供が、たくさんいるのかい?」


「そうだね、ほら、女子出生率のとこに5/8って書いてあるだろ。八人子供がいるんだよ。そのうち五人が女の子で、かなりの魔力持ちなんだ」


「は、八人! 一体兄さん、何人斬りしたんだ?」


「ははは……十三歳で洗礼を受けた時にね」


 それっていったい、どういうけしからん洗礼なんだよ!

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