第5話 種馬ってなんだよ?
「すごい世界に来ちゃったんだなあ……男は、価値なしか」
俺が落胆のつぶやきを漏らすと、ジーク兄さんは肩をすくめて、微笑んでみせる。
「仕方ないと思うよ。男と女では能力がヒトケタ違うんだ。そして、種の存続……繁殖のことを考えたって、子供を産むのは女性しかできないことだからね。男は子種を提供する役目があるといえばあるけど、一人いれば何人もの女性を相手にすることができる。そう考えたら、人間が百人いたとして、そのうち男なんて十人もいれば十分で、あとは女性が多い集団の方が栄えるだろうね」
そうだろうな。優秀な遺伝子をもつ男を少数確保したら、あとはいらないってのが自然だよなあ。「優秀」じゃない男は、いらない子か……ため息が出ちゃうじゃないか。
「まあ今まで『キョウヘイ』が生きてきた男が威張ってる仕組みとは、随分違うんだろうね。だけどこれはこれで、居心地悪いものではないよ。僕たちがきちんとリスペクトして支えれば、彼女たちも優しく応え、守ってくれるのさ」
その「守ってくれる」というところから引っかかってしまう俺だ。昭和生まれの俺にとって、女性はフォークソングのタイトルじゃないが「守ってあげたい」対象であって、すがる相手ではなかったからなあ。
だけどジーク兄さんは俺のもやもやなどお構い無しで、先を続ける。
「そういう意味では、男でもみんなから尊敬され憧れられる職業があるよ。トップクラスの人材なら、貴族当主にもなれる」
「えっ? 魔法がなくても尊敬されるって、どんな仕事なの?」
それは凄い。魔法に頼り切ったこの世界で、魔法を使えない男がそれほど尊ばれるって、よほど貴重なスキルを持っているのだろうな。剣の奥義を極めるとか、神剣を打てる鍛冶屋とか……ヤバい、俺の思考もだんだんラノベに染まってきているようだ。
「うん、それはね……『種馬』だよ」
「はあっ??」
◇◇◇◇◇◇◇◇
いや、あの……元の世界でも「◯◯◯の種馬」とか呼ばれる男はいたけど、それは大なり小なり皮肉や揶揄を込めた呼び名であって、決して尊敬がこもった言葉ではなかったけどなあ。
「それは……いわゆる『子作り行為』の上手い人ということ?」
「あはは、上手い下手は関係ないよ。その人の子種をもらえば、子供が優秀な魔法使いになる……そう認められた一部の男は『種馬』として尊敬されるんだ。この世界では、優秀な女子を得ることが、家の存続発展に直結しているからね」
思わずスケベ先進国の日本感覚で考えて、恥ずかしい質問をしてしまった。しかし、なるほど……魔法が社会的地位を決めるこの世界なら、そういうのもあり得るか。
「男は魔法が使えないけれど、子供への魔法能力遺伝への影響は、大きいっていうこと?」
俺の質問はポイントをうまくついていたらしく、ジーク兄さんが微笑みつつうなずいた。
「子供に伝わる魔力については、ここ数百年深く研究されて、大体のところ理論は確立している。もちろん母親の力が強いかどうかも大きな要因だけれど、それより遥かに父親の血統が重要だってことは、もう定説なんだ」
なんか、元世界の競争馬育成みたいだなあ。牝馬はサンプルが少ないから理論付けしづらいってこともあったんだろうけど、競馬で語られる「血統」は、ほとんど種牡馬のものだった。
なんだか懐かしいなあ。若い頃ハマったダ◯スタで勉強したっけ、ナ◯ルーラ系統の種馬を付けると脚はめちゃくちゃ速くなるけど、気性が荒くなってアテにならない馬になるとか……
「言葉で説明するより、見せたほうが早いか……母さんの書斎に行こう」
◇◇◇◇◇◇◇◇
出張ばかりでほとんど使われないという当主の書斎には、重厚な装丁の本がたくさん揃えられていた。ジーク兄さんはそのうち一冊を迷わず抜き出すと、テーブルに置く。表紙に金箔が打ってあったりして、いかにも高そうだ。俺の視線から何かを察したのか、兄さんが口を開く。
「ああ、これ一冊で、金貨百枚だよ」
「ひえっ」
思わず、変な声を出してしまった。この世界の通貨はだいたい小銅貨が日本の十円。銅貨が百円、銀貨が千円、金貨が一万円くらいという感覚だ。つまりこの本、ざくっと一冊百万円なのだ。いくら印刷技術が未発達とはいえ、めちゃくちゃ高い。ちなみにこの世界に活版印刷なんてものはなく、書物はみんな魔法で複写されている。
「そして内容は、年度ごとに改訂されてるからね。大貴族はみんな、毎年購入するんだよ」
これはまた、豪勢な……ありていにいえば無駄なことだ。若干皮肉めいた気分で表紙を眺めた俺は、題名に驚くことになる。
『王国スタッドブック 王国暦八百三十四年度 改訂版 魔法血統協会 編著』
スタッドブックって……いわゆる、種牡馬の血統だとかをまとめた「種馬名鑑」ってことだよな。なぜかドイツ語っぽいこの世界なのに、ここだけ英語的に読めるのは不思議だが、そこに突っ込んではいけないのだろう。
「中味、読んでご覧。面白いよ」
いたずらっぽい表情のジーク兄さんに促されるまま、俺はスタッドブックを開いて、更に仰天することとなった。
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