第8話 売れない種馬

「済まないな、私にもう少し力があれば、ジークを矢面に立たせずに済むのだが」


「父さんは謙虚すぎます。父さんがいなければ、後継ぎたるリーゼ姉さんは生まれていないのですからね」


 フロイデンシュタット家の子作り事情は、ジーク兄さんから最重要知識として教えられている。ヒルデガルド母さんは、他の追随を許さぬ偉大な火炎魔法を操り、十六歳でリュブリアーナ帝国との戦で大功を立て、「英雄」と呼ばれる身となった。そうなると皆、後継ぎとなる女子もどれほど優秀であろうかと期待するのも、無理ないことだった。


 母さんはまだその頃子供をつくることに乗り気でなかったと言うのだが、当時存命だった前当主の強い意向には逆らえなかった。当時最高の種付料を誇った超良血の「種馬」が選ばれ、めでたく受胎したものの生まれたのは男子。休むことなく別の良血男と種付けが行われたが、生まれたのはやはり男子。


 当主はすぐ次の種付けをするよう母さんに命じたけれど、なんだか悪い疫病にやられて、ぽっくり死んでしまった。母さんは十代の若さで家督を継ぎ、領地管理や軍務が忙しいからと言う理由で、子作りからしばらく離れたのだそうだ。


 そして魔法師団で忙しく働くうちに、事務官として働いていた父さんと出会ったらしい。真面目に補佐してくれる父さんの姿を毎日見るうちに、いつしか気持ちが芽生えて、母さんの方から結婚を申し出たのだという。父さんは男爵家の出で家格は低いし、種馬としての評価は「Cランク」だったから、親戚の重鎮たちにひどく反対されたというけど、当主権限で押し切ったんだって。この世界でもこんなまともな恋愛結婚が成り立っているんだと思うと、ちょっと俺もほっこりしてしまう。女性主導ってところは、変わらないけどな。


 そして二人が結婚して一年後に、待望の女子であるアンネリーゼ姉さんが生まれ、「英雄の子誕生」に王国貴族は沸き返った。最低レベルだった父さんへの評価も、女子を儲けたことでぐっと上がったそうだ。父さんとの「子作り」は母さんにとって、最初の二人とのそれと違ってそれなりに楽しいものであったようで、その後二年おきにさらに二人の子を産んだけれど、結局それはジーク兄さんと俺という男子二人……うまくいかないもんだよな。


 ジーク兄さんの洗礼で生まれた子供の魔力が優れていたということで、父さんの種馬ランクは「B」に上昇している。父親のランクが「S」だったことだけが誇りであった長兄次兄たちとしてはこれが面白くなく、こうやってことあるごとに嫌味をぶつけてくるけれど、穏やかで争いを好まない父さんは、相変わらず謙虚に彼らを立てているというわけだ。ジーク兄さんが不満を漏らすのも、仕方ないことだろう。


「うむ……だが、彼らも気の毒な立場なのだ。王国の英雄が最高の種を受けて身籠った子供ということで、周囲が過剰な期待を抱いてしまったところへ、本人は男子。せめて良血であるところを活かして種馬として好成績を残せればよかったのだが……」


 ジーク兄さんが、とある頁を開いた「スタッドブック」を滑らせてくる。兄さんが載っていた頁より、かなり後ろ……つまり、低ランク種馬の情報だ。


【氏名】マテウス・フォン・フロイデンシュタット

【年齢】二十三歳(王国暦八百十一年生)

【髪色】金 【目の色】茶

【評価】D 

【種付料】一金貨(一夜契約)

【血統】ロベルト系 

 父 エルンスト・フォン・ドレスデン

 父の父 エメリッヒ・フォン・ロストク 

 母の父 エーリッヒ・フォン・ヘルブルグ

【適性】火ー 水D 木D 金D 土D 風D 光ー 闇ー

【魔力】D 【魔法制御力】D 【体質】B 【安定性】C

【女子出生率】 四十九%(25/51)

【主な子】 成人済の子供なし

【短評】王国最高の種馬であったエルンスト卿と英雄ヒルデガルド卿の子という超良血である。この血統を良しとして当初多くの種付けを行ったが、子供の魔法能力は振るわない。現在は平民階級からの種付け申し込みしかなくなり、さらに成績を落としている状況。


 これが長兄マテウスの評価だ。ランクDは、高位貴族としては最悪の格付けであると言ってよい。ランクBのジーク兄さんとは、種付料も二ケタ違う。これじゃあ「種馬以外で食う手段を見つけろ」って言われても、仕方ないよなあ。次兄ニクラウスの頁も一応チェックしてみたけど……やっぱりDランクだ。


「何度か、経営を学んで地方領の代官職を目指すことなどを勧めてみたのだが……かえって怒らせることになってしまってな。やはり、プライドを捨てることは難しいのだろう」


 プライドか……その誇りって、父と母の血統がいいってことだけなんだよなあ。本人の努力とか才能とかを褒められるんならともかく、そんなものにどうしてしがみつけるんだろうな、現代日本を生きてきた俺には、理解不能だ。


「とはいえ『種馬』として認められることが、お前がこの国で生きる道をぐっと広げてくれることは間違いないのだ。母さんも無理強いはしないと言っている、『洗礼』だけは大人しく受けてくれるな?」


「……わかりました、父さん」


 こうして、俺は「洗礼」という名の種馬試験に臨むことになるのだった。


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