第28話 年相応
「だからそういうことは、もっと時間をかけて……」
「ルッツは真面目、そう言うところは嫌いじゃない。うん、ルッツがそう言うなら今晩は『子作り』しない。しないけど……ただ隣で寝てくれるだけでいい、それでもダメか?」
「ダメじゃないけど、そんなにベアトにくっついて寝たら、俺の理性がダメになっちゃうと言うか……」
「ルッツは、時々わけわかんないことを言う。なら……これは王女命令。ルートヴィヒ卿、私の隣に来なさい」
うっ、小さな鼻をつんと上向かせてそんなことを可愛く命ずるのは、反則だろう……逆らえるわけがない。へこへこと彼女の隣に滑り込めば、夜具から若い娘特有の、甘い香りがする。さっき格好いいことを言った俺の理性が、早くも猿どもに無条件降伏してしまいそうだ。いかん、これは何か気をそらすしかない。
「じゃあ、眠くなるまで、おしゃべりでもしようか。俺はベアトのことを上っ面しか知らないからな、君が子供の頃のこととか……」
なかなかいい考えだと思ってそんなことを提案したけど、彼女からの返事はない。これは、対応を間違ったのか? さっきもやたら押してきたし「こっちがこんなにお膳立てしてんだから手を出せよヘタレ!」ってやつなのか?
そんな心配を抱いてベアトの方を見やれば、白い顔からは血色が失われてますます白く、その唇は細かく震えている。な、何だこの反応は?
「ベアト、もしかして……もしかしてだけど、すごく、無理してるか?」
「……」
「俺が、怖いか?」
やっぱり、答えはない。俺はゆっくりとベアトの方を向いて、その細い肩に、そっと人差し指で触れてみた、その瞬間。
「ひゃん!」
想像と全然違う初心な反応に驚きつつも、なるほどとも思う俺だ。この箱入り王女は男兄弟もおらず、婚約者候補たちは外国……普段接する親しい男といえば老侍従くらいであったのだから、基本的に男への免疫など、さっぱりないのだろう。訳知り顔してベッドに誘っては見たけれど、内心は怖くて仕方ないのだろうな。
「はあ〜っ。そんなんで、よく俺を誘惑する気になったもんだよな」
「これは……王族の崇高な義務だからっ」
いきなりガバっとこっちに向かって寝返りを打ったかと思うと、今までにない力のこもった声が返ってきた。感情の乗っていなかった白い頬に、今は恥じらいと怒りからか、ぼうっと紅くなっている。こんなからかい方をされたことも、今までなかったんだろうなあ。ま、人形モードよりこっちのほうが可愛らしくて、俺は好きだな。
「大丈夫だ、あれくらい大げさな契約書まで交わした婚約だぜ、いきなり身体で縛らなくても、逃げたりはしないよ。びっくりはしたけど……ベアトみたいな美少女のパートナーになれるなんて、幸せなんだと思うよ」
「でも、私を愛しては、いない」
「まあ……今日初めて話した女の子に、すぐ愛してるとかなんとか言えるほど、器用じゃないからね。こういうのは、時間をかけてじっくり育んでいくものじゃないのかな」
彼女がこんな答えを求めているわけじゃないってのはわかるんだけど、嘘をついちゃいけない。まあ少なくとも、愛する努力はするつもりだ。俺のメンタリティは昭和だからな。
「ルッツはとても正直。こういう時は嘘でも愛してると言うものだ。社交や外交には向いてない……王配としては、考えてしまう 」
「 そう思うなら、まだ遅くない。『 既成事実』ができちゃう前に、もうちょっと貴族っぽい男を探したほうがいいんじゃないか?」
冗談めかしているけど、かなり本気で言ったつもりだ。俺に貴族や王族っぽい腹芸を求めるのは無理だろ。元世界ではよく言って企業戦士、まあ一般には社畜……だったのだから。
「うん、そう思う。思うけど…… 」
ベアトは、両手でおずおずと俺の右手を包む。ひんやりとした感覚が、心地よい……彼女は俺の体温を確かめるように、ゆっくりとさすってくる。
「こうしてるのは、悪くない」
そんなことを口にしながら、キュッと口角を上げたベアト。いきなりデレた婚約者のお姫様に、不覚ながら胸を射抜かれてしまった俺は、かなりチョロい奴なんだろうなあ。
冷たかった手が、だんだん俺の体温に馴染んで温まってくると、それに連れてなぜかベアトが可愛く思えてくる。もちろんもともとベアトは非の打ちようもない美少女ではあるけど、血の通っていない冷たい美しさが、俺はこれまでイマイチ好きになれなかった。
だけど、今はどうだ……白皙の頬は紅でも差したかのように桜色を帯び、柔らかく閉じられたまぶたには、長いまつ毛が揺れる。ピンク色の唇はほんの少しだけ開いて、まるで俺を誘っているかのようで……そして、漂ってくる甘い香り。これは、辛抱たまらん。
本能に負けた俺が、空いた左手をベアトに伸ばそうとしたその時、右手をがっちりホールドしていた彼女の両手から、すっと力が抜けた。見れば、半開きになった唇からは、すうすうと心地よさ気な寝息が漏れている。
おいこら、せっかくいい雰囲気になったと思ったのに、ここで寝るか?
腹立つくらい安らかな顔をして眠るお姫様を横にして、脳内で猿が暴れているのを感じながら、俺は眠れぬ夜を過ごしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます