第17話 ウォーターカッター
「水を、細く噴出するだけというの?」
「ええ、あたかも糸のように出来るだけ細く、但しその速度を目一杯早く。その細く速い水流をぶつければ、たいがいの物は、切断できます」
女王様の眼が、驚きに丸くなる。この世界の人にとって水は、優しく包み込み、癒してくれるものであっても、物体を切ったり穴を開けたりできるようなものではないから。
だけど現代日本に生きてきた俺は、ウォーターカッターという技術を知っている。水を精密なノズルから細く、高圧で噴き出せば、プラスチックやガラス、果ては鉄板まで綺麗な断面で切れるのだ。あんまり一般的なもんじゃないが、取引先の工場に設備があったんだよなあ。
この考えを伝えた時、リーゼ姉さんも全然信じてくれなかった。だけど家族思いの彼女は、真剣に頼み込む俺のために一回だけ本気の水流を出して……それをスプーンの柄に当ててくれた。すぱっと真ん中から綺麗に切れた銀製の柄を見た姉さんの顔は、泣き笑いだった。
一回実験で効果を体感すれば、あとは簡単だった。もともと姉さんの魔力は強く、制御の精密さはずば抜けている。ちょっと練習すれば、水流はますます精密に、そして高速になっていく。そして昨日はついに、一抱えもある火山岩を両断するまでになっていた。
「これもリーゼ姉さんの造ったものです」
俺は内ポケットから、数枚のコースターを取り出し、テーブルに広げる。それは大理石を薄くスライスしたもので、木目のような文様が美しく目をひく。
「綺麗に磨いてあるのね」
「いえ、これは研磨作業を入れていません。姉さんの水魔法でカットした、そのままの断面です。普通の石切りでは、こうはいきません」
そう説明しながら、俺はもう一枚の石板をテーブルに乗せる。同じように薄い大理石のコースターだが、そこには水魔法で穿たれた複雑な形の孔が開いている。光に透かして見ればその貫通孔は文字をなしており……エリザーベトと読める。
「素敵だわ……」
「女王様のために姉さんがおつくりした物です。そしてこれも」
俺は同じようなコースターをその横に並べる。刻印された文字はベアトリクス……王太女となることが有力と言われる、第二王女の名だ。
「こんな精密制御は姉さんしかできませんので、今回は細かい加工品をお持ちしましたけど、姉さんの魔力なら大きなものでも切れるはずです。例えば、石造り建物の基礎石とかも……」
「そこまで」
ここぞとばかり姉さんをプロモーションする俺の言葉を、陛下がさえぎった。さっきまで驚きの表情を浮かべていた彼女が、今は支配者の顔に戻っている。
「フロイデンシュタット伯爵令嬢アンネリーゼよ」
「はい、陛下」
「貴女に命じます。領地に戻ることは許しません、明日午後直ちに王宮に出頭しなさい。各省の局長級、および国軍の将軍を集めておきます、彼女らの面接を受けるように」
「陛下、それは……」
「このように可能性豊かな魔法使いを、いち地方領に置いておく余裕は、今の王国にはありません。この力を国のために捧げなさい……これは、国王命令です」
「……」
「どうしましたか、アンネリーゼ!」
「……はっ、はいっ! 陛下の御諚、謹んで拝受致しますっ!」
姉さんのアルトが感動に震え、その目から透明な雫があふれ出す。そう、本当は姉さんだって、英雄たる母さんの背中を見て育ってきたのだ。母さんと同じように女王様のお役に立ちたいと、願っていなかったはずはない。水属性というハンデを背負ったことで、その想いを押し殺していただけのことなのだ。
敬礼したまま、涙を流し続けている姉さんの背中に優しく掌を当てたエリザーベト陛下が、不意に俺の方に視線を向けた。
「弟さん、あなたの名前は?」
「はっ、ルートヴィヒと申します」
「さすがは英雄ヒルデガルド、我が親友と言うべきね。娘だけでなく息子にも非凡な者が出たというわけだ。その名前、覚えておくわ……もう、洗礼は受けたかしら?」
「はい、半年前に」
「そう……結果が楽しみね」
そう口にして俺をじいっと見つめる陛下の顔は、まったく笑っていなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
卒業パーティから二週間。
工部省と国軍、そして農務省の間でリーゼ姉さんの争奪戦が激しく繰り広げられたらしいけれど、結局彼女は母さんと同じく国軍に入ることを選んだ。だけど違うのは、自分の適性を考慮して戦闘部隊ではなく工兵部隊を目指したってこと。ほんの一ケ月前には穏やかな表情で地方領に帰ると言っていた姉さんだけど、今や嬉々とした表情で、入営していった。
「ルッツ、卒業パーティでは随分活躍したらしいわね」
姉さんのいなくなった晩餐の席で、母さんがからかうような調子で俺に話を振る。
「ごめん、ちょっと目立ち過ぎた……」
「ありがとう、ルッツ……」
声の調子を急に変えた母さんの方を見れば、なんだか泣きそうな顔をしている。
「俺は何も……あれはもともと姉さんが持って、鍛えてきた力だし……」
「そうね。だけどルッツがあの子の力をきちんと見抜いて、最適な使い方を提案してくれなかったら、今頃リーゼは領地行きの馬車に揺られていたでしょう。水属性とはいえあんなに素質のある娘を、埋もれさせずに済んだのは、ルッツの力よ」
「……うん、ありがとう」
まあ、結果としては良かったから、俺も素直に認めることにしよう。そう思って母さんの方を見たら、泣きそうだった顔がいつものいたずら好きのそれに戻っている。まったく、忙しい人だよな。
「それでね、あれからというもの、エリザーベト陛下がルッツのことをやたらと聞いてくるようになったのよね。進路のこととか、決まった婿入り先はあるのか、とかね。完全にロックオンされているわよねえ」
「何にロックオンなんだよ……」
「だってほら、王家には期待の第二王女がいらっしゃるじゃない? まだ初めての種馬様も決まってないそうだし……お相手にルッツを考えてたりして。うまくすれば、王配も狙えるかもよ、ふふっ!」
いや、その未来図は、勘弁して欲しいわ~
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