第16話 水魔法の価値
「水魔法使いは、戦においても国土開発においても、主たる役割を果たすことができませんわ。精々雨乞いをするか、井戸を掘るか、症状の軽い病人を癒すか……アンネリーゼ様のように『優秀な』方でも、その程度なのです。国はもっと、魔法属性を重視すべきだと思いますわ、軍には火属性を、国土開発には土属性を、聖職には光属性を……そうすれば、もっと効率の良い社会になりますわ」
至尊の地位に居られる方の言葉を遮ったあげく、ドヤ顔の上から目線で指南するコンスタンツェ嬢。貴族社会には疎い俺も、これが目一杯ヤバい行為だってことはわかる。陛下お付きの方々はもとより、同じテーブルにいる成績優秀者たちも、完全に固まっている。あの偉そうな種馬オヤジまで、さっきまでの赤ら顔を青くしている。
「オルデンブルグ侯爵令嬢……だったかしら。貴女はもう少し貴族の礼節を学んだ方が良いと思うのだけれど……ようは、水魔法は役に立たないと言いたいの?」
「ええ、陛下。水魔法は水の存在を感じ、動かすのみ。価値あるものを造り出すことも、破壊することもできません」
偏りまくったコンスタンツェ嬢の自説に、さすがの陛下のこめかみにも、青筋が立つ。その頬がぴくっと震え、端麗な唇から悪態と叱責が飛び出そうとする刹那、沈黙を守っていたリーゼ姉さんが、落ち着いたアルトを発した。
「なるほど、侯爵令嬢は、水魔法では創作も破壊もできないとおっしゃるのですね」
「だって、事実じゃないのっ!」
「では、今から私が使う水魔法を見ていてください。貴女の主張していることが事実ではないと、証明して見せましょう」
そう宣言すると、姉さんは種馬氏が持っている赤ワインを満たしたグラスに、その白く滑らかな指を向けた。
「……はっ!」
低い気合の声が響くと、グラスの外面が何やら濡れ始めた。俺が胸の中で五つばかり数えた時、グラスの上半分がするっと斜めに滑り落ち、こぼれた赤ワインが種馬氏のお高そうな白いスーツをべっちょりと汚した。だが種馬氏は怒り狂うこともなく、ただ驚き震えながら己の持つグラスを見つめていた。グラスは斜めに真っすぐ断ち割られ、その断面は滑らかで、欠けもささくれすらもない。
「嘘っ! 水魔法でこんなことができるわけは……」
「私が水属性しか持っていないことは、貴女が一番よく知っているでしょう。さあ、間違いが分かったのですから、陛下に対する先程の無礼を、お詫びしなさいっ!」
俺もちょっと驚いていた、いや、魔法そのものにじゃなく、いつも穏やかで声を荒げることなんかなかった姉さんが、今にも刺し殺しそうな視線で、コンスタンツェ嬢を威圧していたことにだ。自分のことならいくら貶されても流す姉さんが、母さんの親友、敬愛する女王陛下に対する無礼には、心の底から怒っていたのだ。
いつしか、会場の視線が俺たちのテーブルに集まる。その半分は姉さんの精密な魔法への驚嘆の視線、そして残る半分は、首席卒業生を貶めるだけでなく陛下にまで礼を失することになった侯爵令嬢への、呆れの視線だ。
「な、何よ、皆で寄ってたかって私を……見てらっしゃい!」
結局コンスタンツェ嬢は、姉さんにも陛下にも一言の謝罪すらしないまま、捨て台詞を吐いて会場から走り去っていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「困った娘ですね。オルデンブルク侯爵には厳しく説諭しておきましょう」
「御意に」
リーゼ姉さんが、承諾の意を示す。
ずいぶん優しい陛下だと、俺は思った。この中世的絶対君主制の国でこんな無礼を働いたら、家門断絶させられても文句は言えないところだろうに。この女王様だと「説諭」で済んじゃうんだなあ。優しさが「甘さ」にならないことを、国のためには祈りたいところだ。
「それにしても……アンネリーゼよ。あのような水魔法、私も初めて見ました。貴女が、開発したのですか?」
「はい、私が初めて実用化したことに間違いはございません。ですが、あの使い方を考案したのは、私ではございません」
「ほう? さぞかし高名な魔法使いに師事したのでしょうね、何と申す者ですか? ぜひ知己を得たいものです」
ヤバいと思って俺はリーゼ姉さんのドレスの袖を引っ張ったが、それより早く姉さんの口が動き出していた。
「その人の名は、ルートヴィヒ・フォン・フロイデンシュタット。たった今隣にいる、私の弟でございますわっ!」
ああ、終わった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「それでルッツ君? 君は、リーゼにどんな指南をしたのかなあ?」
パーティは続いているけれど、俺とリーゼ姉さんは陛下に拉致され、別室でこってりねっとり尋問されているところだ。
陛下の驚きも、わからなくはない。そもそも魔法を扱えるのが女性に限られるこの世界で、新しい魔法を男が編み出すということなど、とうてい考えにくいことだ。
加えて「水魔法」はあのクレイジーな令嬢が言い放ったとおり、破壊活動には向かない。水を感じ、生み出し、意のままに動かすことはできるが、言ってしまえばそれだけなのだ。この世界の常識だけで判断するならば、戦や開拓に使うことは難しい。
だが、俺は日本で得た知識も持っている。今回はそれを、ちょっと活かしただけなのだ。
「ねえ、怖いことしないから、言ってごらん?」
そう口にしつつ迫ってくる陛下の圧がすごい。すでに「怖いこと」されている感満々だが、どうせ俺がしゃべらなくてもリーゼ姉さんは陛下に傾倒している。ちょっと猫撫で声を掛けられればあっさり吐いてしまうだろう。ままよ、ここはしゃべっちゃうか。
「それは……」
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