第75話 提案

「うん。ルッツがどんなことを提案しても、私はそれを是認する。そしてそこから生ずる罪は、私が一生背負う」


 何だか、ベアトの信頼がやたらと重い。まあ、敵とは言え万を数える生命を左右する決断を、母子揃って俺に丸投げしたって後ろめたさも、ちょっぴり含まれていそうだけど。


 まあ俺は、単純に殺すのでもなく寛大に赦すでもない、第三の選択肢をかねてより考えていたんだ。アイデアを披露する機会があるとは思わなかったが、せっかくここまでベアトがお膳立てをしてくれたことだし、ぜひ実現させてもらうとしよう。


「結論から言おう」


 ごくっと、誰かが唾を飲み込む音が聞こえる。そうか、いきなり結論から来るとは思わなかったか……元世界では「ビジネスの世界では、まず結論から言え」ってさんざん言われて来て、俺もずっとそうしてきたんだけどなあ。


「あの連中にはまず、投降を呼びかける。反抗する者は押し包んで討ち取り、最後まで出てこない奴らは、かあさ……いや、フロイデンシュタット伯の魔法で殲滅する」


 大きく一つうなずいたのはグレーテルだ。彼女とて一人の少女、多くの人命を奪うことに抵抗がないわけはないが……すでに数百を数える敵兵を、その剣尖に掛けてきたのだ。その重さも切なさも、すでに知ったうえで突破してしまっている。そして、直接肩を並べて戦った仲間を、目の前で幾人も失っていて……無用の戦を仕掛けてきた帝国への怒りは陛下やベアトのそれより、はるかに大きいのだ。


「呼びかけに応じて降ってきた者は、どう処遇するのだ?」


 女王陛下が何やら急いた調子で口を挟む。まあ、敵であろうと過酷な処置を好まないお優しい……というより俺に言わせればお甘い陛下としては、そこが一番気になるだろうな。その娘はどうかとベアトに視線を向ければ、一生懸命言いたいことをこらえているみたいな様子……俺に任せると言ったからには、余分なことは言うまいと思い決めてくれているのだろう。健気な様子にちょっとキュンときて、思わず抱き締めたい衝動に駆られてしまうけど、残念ながら陛下の御前でそんな所業に及ぼうものなら、後でどんな目に合うか想像するだに怖い。ここは真面目にやらないとな。


「はい、投降者は全員、奴隷身分に落とします。貴族の指揮官も平民の一般兵士も、みんな平等に」


「奴隷ですって!」


 驚いたような怒ったような反応を返してきたのは女王陛下。まあ、これは予想の範囲内だな。陛下は奴隷制度をいたく嫌っていて、ベルゼンブリュック国内ではその制度が廃止されていることは、つとに知られていることなのだから。


 だがリュブリアーナ帝国でもリエージュ公国でも、同盟国たるポズナン王国ですら、奴隷制度は脈々と受け継がれている。そしてそれらの国を含むこの世界で発生する戦争において、捕虜となった者の行く末は、処刑されなければ奴隷落ちという流れが、それなりに一般的なのだ。むしろはるか西方では、労働力としての奴隷が欲しいゆえに度々侵攻を繰り返してくる異教徒たちもいるのだという。そういや元世界の中世にも、そんなことはよくあることだったって学んだ気がする。


 まあ俺だって元世界で奴隷制を過去の汚点として批判する教育をさんざん受けてきたんだ、抵抗はあるさ。だが、郷に入れば郷に……とまでは言わないが、この世界の戦と奴隷制は簡単に切り離せない。うまく制度を利用するしかないだろう。


「陛下、彼らを奴隷にするのは、どうしてもお嫌ですか?」


「私は……」


 視線を俺に合わせず、地面に落とす陛下。もちろん奴隷制を深く倦厭する気持ちは変わらないだろうが、敵兵の処遇をベアトに任すと一度口に出してしまったのだ……それをちゃぶ台返ししてはならないという、君主としての矜持はお持ちなのだ。まあ、最後には納得いただけるだろう。


「子供の分際で、何を非人道的なことをっ! 人間の自由を奪う権利など、誰にもないっ! 敵とはいえ、奴隷とするなど、認められぬわ!」


 だが俺の楽観は、陛下の後ろから不意に金切り声を上げたキリギリスみたいなオバちゃんにぶった切られた。


 う~ん、少なくとも陛下と交わす会話に割り込むとか、もろに不敬の行為だと思うのだが、平気でそれをやっちゃうこいつ、誰なんだ? 王族にも軍人にも見えないが……いぶかる俺をベアトが天幕の外に引っ張り出し、耳元でささやく。


「あのひと……ナターリエ卿は、要注意。身分は母様の秘書でしかないけど、時々ああやって、分を越えた発言をする。母様はナターリエ卿の母親に何か恩があるみたいで……注意しようとしない」


「そうか……じゃあ、俺があの女を論破したら、陛下はどっちの味方をするかな?」


「ルッツを応援することはしないけど、ルッツが論戦で勝てば、それを受け入れるだろう」


「なら、頑張るしかないな」


「うん、私はルッツを信じてる」


 熱のこもった翡翠の瞳で見つめられて、むくむく闘志が湧いてきた。何だか、俺も単純なヤツだよな。

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