第196話 アデルの出産
お腹だけが派手にふくらんだ小さな身体を、ふうふう言いながら運ぶベアト。さすがにふくらみが目立つようにはなってきたけど、相変わらず長身を身軽に翻して業務をすいすい片付けていくアデル。同じ俺の種を孕んでいながら対照的な様子の二人に、なんだか笑ってしまう。
「むう。ルッツは気持ちよく種まきするだけでいいだろうが、種まきされた畑の方は、大変なのだ」
俺の気楽そうな様子を見てぷうっと頬をふくらませるベアト。うん、妊婦さんがいろいろ辛いのはわかってる、笑っちゃったのは失礼だったなあ。
「すねてはいけませんよ、ベアト様。さんざん幸せだ幸せだと、お腹を撫でておられたではありませんか。その幸せは、ルッツ様が下さったのでしょう?」
おお、アデルが自分のお腹を撫でつつ、相変わらずキリッと凛々しい調子で、格好いいことを言ってくれる。子供っぽい反応するベアトを諭す彼女は、ちょっとドヤ顔だ。
「むむっ……」
マウントを取られたベアトが、陶器人形に例えられる無表情を崩して、口をとがらせる。そして、俺に身体を預けて……胸に鼻を埋める。
「はあ〜っ、やっぱりルッツの匂いをかぐと、とっても落ち着く」
相変わらずの犬系彼女ぶり……いや今はもう、犬系妻か。無心な様子で顔を押し付けてくるベアトが可愛くて、思わず金色の小さな頭を、ぐりぐりしてしまう。
「子供扱い……不満」
文句を言いながらくりくりの翡翠色した瞳で俺を見上げるベアトは、やっぱり犬枠だ。妻も愛人枠も増えた俺だけど、こういう可愛さは、ベアトの専売特許だよなあ。いや、そういえばもう一人……ミカエラも飼い犬枠だな。
「妻に触れつつ、他の女のことを考えるとは。やっぱりルッツは猿」
しまった。ナチュラルに「精霊の目」を発動させたベアトは、俺の浮気心をばっちり読み取って、ジト目を向けてくる。いや俺は、妹枠のミカエラにやましい気持ちは抱いていないはずで……いないよな? 思わず考え込んでしまう俺に、ベアトの頬がゆるむ。
「あの娘なら、抱いてもいい。ルッツを決して裏切らぬし……」
「ミカエラは、俺とすることなんか望んじゃいないよ」
そうさ。彼女にとって俺はお兄さん……ひょっとするとお父さん枠かもしれない。愛されることなく不幸な育ち方をした捨て犬が、たまたま気まぐれに餌をくれた人に懐いて、のこのこついて来ているだけだと思うぞ。
「ルッツは女たらしのくせに、時々鈍感になる」
「へっ?」
「もうあの娘は、ルッツを迎える準備ができているぞ」
「そ、そうなの??」
こ、これは意外だ。俺から見たら、あの子の関心は色事より、屋台の串焼き肉にあるとしか思えないのだが。
「まあ、これ以上は教えない。仮にも次期王配なのだから、自ら道を切り開くべき……ところでアデル、その手はなんだ?」
「ふふふ、ルッツ様を独占されるのは悔しいので、少しお腹の子に魔力を頂いているのです」
言われて気づけば、俺の左手が柔らかく取られ、いつの間にか隣に移動してきたアデルのお腹に、押し付けられている。いつものごとく魔力の流れは感じ取れないが、きっと俺の魔力がアデルと、そのお腹で出番待ちしている子供に、じゃぶじゃぶ注ぎ込まれているのだろう。
「ふうぅ……っ。やっぱりルッツ様の魔力は格別ですね……」
いつものキリリとした宝◯顔がとろんと緩んでいるところを見れば、かなり気持ちいいのだろうけど……その「気持ちいい魔力」の持ち主である俺に、まったくそのご利益がないってのは、納得いかないなあ。
「アデル、そろそろ我が夫を返せ」
「たまにですから、もう少しお願いしたいですね。う〜ん、満たされます……」
ここぞとばかりにねっとりした視線をベアトに向けるアデル。そう、彼女はこうやって主君を微妙にいじるのが好きなのだ。
「お腹の子も気持ちいって言ってるみたいです……あっ!!」
驚いたようなアデルの声とともに、俺の手にも変化が伝わる。お腹の子が急に元気に動き出し、アデル自身の筋肉も、収縮を始めている。
「うっ、あ……これは、産まれるかも!」
「何だと! すぐに助産師を呼べ!」
「は、はいっ、ただいま!」
いきなり慌ただしくなった執務室で、俺はただ呆然とたたずんでいるしかなかった。こういう時に男が役立たないってのは、元世界もこの世界も同じであるらしいわ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「よく頑張った。アデルそっくりの、凛々しい子だ」
ベアトの賛辞に、アデルが大きく息をつく。陣痛が来て二時間くらい……初産にしては凄く順調だったらしいけれど、その苦しさは男の俺にはわからないからなあ。
紫の髪に紺色の瞳……産まれたばかりでまだ顔がどうこうはわからないけど、雰囲気がアデルに似ている。大きくなったらこの子も男装の麗人になるのだろうか……できればGL趣味は、似てほしくない気もするが。
「ありがとうございます。ルッツ様に似た子が産まれたらもっと嬉しかったのですが……こんな美しい子を授かって、贅沢を言ってはいけませんね」
いつもは男前なアデルが、この時ばかりは母親の顔になって、傍らに寝かされた赤子の髪に、指で触れる。ああ、なんかいいな、こういうシーン。
「でも、私の出産など前座のようなものです。間もなくベアト様が、ベルゼンブリュックで最も高貴なお子をお産みになるのですから」
「うん、頑張る」
そう答えたベアトが、俺の手をさりげなく引き寄せ、たっぷりふくらんだお腹に押し当てる。魔力が流れ込んでいるのだろう、彼女がふうと満足そうな息をつき……次の瞬間、中の子が大きく動いた気がした。
「うっ、これは……来そうだ!」
「大変! 治癒魔法使いをすぐ呼んでっ!」
えっ? いきなり出産ダブルヘッダーなの?
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