第97話 俺ってそう言う扱いなの?

 フンスと鼻息を荒くするグレーテルを呆れたように見やった後、ベアトが姉さんに視線を移す。


「さて、リーゼよ。ルッツの妻となる三人は、心を決めたぞ。リーゼはどうなのだ?」


「小さいころから惜しみなく愛を注いできた、弟の人格が失われたらしいということは、とてもショックです。ですが今のルッツも、間違いなく私の家族。これからも可愛い弟として……」


「そうではない。一人の女として、ルッツをどう思っているのかと聞いているのだ」


「……お聞きになりたいことが何なのか、理解しかねます」


 リーゼ姉さんが表情を固くする。俺も胃袋が悪魔の手に掴まれたようにぎゅうっと収縮するのを感じる。ジーク兄さんにあれこれ指摘されていなければ、もっと取り乱してしまっていたかもしれない。


「リーゼよ、私は迂遠な会話を好まぬ。ルッツに抱かれたいのではないか、と聞いているのだ」


「そんな、姉弟間でそのような行いに及ぶことは公序良俗に反し……」


「リーゼは以前言っていたではないか。ルッツは天から遣わされた預言者のようだと、そして人生を変えてくれたかけがえのないひとだと。かけがえのない男であれば、つがって愛の結晶を得たいのではないか?」


「……確かに申しました。ルッツに授かった知恵を活かし、私は国軍魔法使いの最高位を得ることができました。領地で井戸を掘っているはずだった私がこのような晴れがましい地位に在るのは、ひとえに弟のお陰です。ただの弟ではなくいわば私の師、何より大切な人と思うのは自然でありましょう。恩師を慕う心はあれど、それはつがいを求める心とは……」


「違うと、言い切れるのか?」


 答えはなかった。だけど、色白の頬が見る間に首筋に至るまで紅く染まっていくのを見れば、姉さんの真意は明らかだった。ジーク兄さんの言っていたことに、残念ながら間違いはなかったのだ。


「もう、言わずともよい。答えはわかってしまったから」


「……申し訳ございません。このアンネリーゼ、弟に懸想してしまったこと、殿下のご指摘通りです。最初はその知識に対する尊敬、次には自信に乏しい私の背中を押してくれる優しさへの感謝でした。それが恋情に変わったことを、いつしか自覚してはおりましたが……姉弟間のつがいはご法度。この想いは、墓場まで持っていくつもりでおりました」


 覚悟を決めたように告白の言葉をほとばしらせる姉さんを、おれは呆然と見つめていた。軍務から直行してきた彼女のいで立ちは、指揮官仕様の黒い軍服。タイトなデザインの制服をまとったことで、女性的なラインがかえって強調されて……婚約者たちがいるというのに欲望を覚えてしまう。


「む、どうやら我が婚約者も、満更ではないようだぞ」


 しまった。洞察力抜群のベアトにかかっては、猿並み思春期の俺が考えることなど筒抜けだ。否定しようにも、嘘をついたら最後「精霊の目」で見抜かれてしまうだろう。


「ごめん、ベアト」


 素直に認めて謝れば、ベアトは少しだけ頬を緩めてうなずく。うん? これってどういう意味なんだ?


「男はそういうもの、仕方ないが……ルッツは、リーゼを女としてどう思っている?」


 ベアトの言葉にはっとしたように、リーゼ姉さんが俺を見る。茶色の瞳は、不安と期待がない混じったような複雑な感情で揺れている。ここで誤魔化しても、姉さんを傷つけるだけで、どのみちベアトに嘘はバレる。仕方ない、グレーテルあたりには軽蔑されるだろうけど、ここは正直に言うしかない。


「そんな風に考えないように努力してきたつもりだけど、一人の女性として見た姉さんは、すごく魅力的だと思う」


「つがいたいか?」


「そんな、教会が許すわけ」「無理でしょ、教会が」


 ベアトの単刀直入過ぎる問いに、姉さんと俺が同時に同じことを反射的に口にしてしまって、目を見合わせることになってしまった。おい、この羞恥プレイというか公開処刑みたいなプレイは、いつまで続くんだよ。


「なるほど。ざくっと言えばお主たちは『教会さえ許してくれればつがいたい』と言っておるのだな」


 いやいや、それってざくっとし過ぎでしょ。と思いつつも、姉さんも俺も否定の言葉をとっさに口にすることができない……これってやっぱり、障害さえなければそういうことがしたいって、二人とも思ってしまっているのだろうか。


「なら、ルッツがリーゼお姉様の愛人になるってことでいいじゃない!」


「そうだな」

「よきお考えと存じます」


「はあっ?」


 いきなり突飛な解決策をぶっ込んできたのは、一番この件に怒りを燃やしそうだと思っていたグレーテルだった。そして間髪入れずベアトとアヤカさんが賛成するのに、またびっくりだ。


「なんで愛人ならオーケーなの?」


「だって、さすがに姉弟じゃあ正式な結婚なんか教会が認めるわけないじゃないの。だけど愛人だったら、教会の許可なんかいらないわ。そもそも司教級の聖職者は、複数の愛人持ちは当たり前よ?」


 聖職向きとされる光属性持ちのグレーテルがいらぬ知識を披露すれば、ベアトがうんうんとうなずく。ちなみに、あくまで愛人を持つのは女性の側で、男はその所有物という扱いである。


「だけどさ、俺は一応グレーテルやベアトの夫になるんだけど……愛人としてひょこひょこ他の女とつがっていいわけ?」


「いいわけないでしょ。でも、リーゼお姉様なら話は別、ルッツを共有して家族になるのは歓迎よ」

「ルッツ様が、それを望まれるなら」

「そういうことだ。まあ最低限、ヒルデガルド卿の許可は得ておくのだぞ?」


 この辺が、元世界の中世とはまったく違う不思議な倫理観で、俺としては首をかしげるしかないのだが……


「どうだ、リーゼ。一回だけ聞く。目の前にいる男を、愛人に欲しいか?」


「ほっ、欲しいですっ! このアンネリーゼに……ルッツを下さいっ!」


 いつも落ち着いている姉さんのアルトが、この時ばかりは上ずっていた。


 かくして俺は、次期王配として側室も含めて三人の妻を持つ予定だというのに、その妻たちから別の女に愛人として差し出されるという、なんとも情けない男になってしまったのだった。




◆◆◆ 突然ですが、書籍化ほぼ決定です。詳細は近況ノートご覧ください。 webは明日から第三部に入ります。お待たせの?種付けシーズンかもです ◆◆◆

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