第100話 開拓開始

「「「「風よっ!」」」」


 一列に並んだ帝国の風魔法使いお姉さんたちが一斉に詠唱を完成させると、森の外縁部にそそり立っていた大木が数十本ぐらりと傾いで、やがてゆっくりと倒れて轟音と土煙を上げる。


 「風の刃」とか呼ばれる魔法なのだそうだが、何度見ても凄い威力だ……リーゼ姉さんに教えた「ウォーターカッター」と違って、どういう原理であんな大木が切断できるのか、俺にはさっぱりわからない。まあそんな理屈付けをしようとして悩んでしまうのは、俺の頭が昭和の理科に染まり切っているからなんだろう、俺のまわりの人たちは帝国人も公国人も「魔法ってのはそんなものだ」と割り切っているのだから。


「よしっ、男どもは急いで木を回収しろ!」


 混成部隊の長であるマックスの号令一下、待ち構えていた屈強な兵士たちが一気に走り寄り、倒れた丸太に手際よく縄を掛けて大急ぎで引きずってくる。まあ、こんな力仕事くらいしか、男の出番はないしなあ。


「そこっ! モタモタするんじゃない!」


 皇子の叱責は、別に部下の男どもをいじめたいがために発したものではない。のんびり作業していると、確実に森から魔物が襲ってくるからだ。女性なら魔法が使えるからある程度魔物を追い払える力があるが、男は狙われたらアウトだ。目的の丸太を確保したら、さっさと撤退するしかないのである。


「うわあっ、助けてくれ!」


 ほら、いわんこっちゃない。縄をかける段取りが悪くて最後になった班に向かって、頭は豚だけど身体は人間っぽい不気味な魔物が……確かあれはオークと言うのだったか……五体ばかり襲いかかってくる。


 あの魔物は動きこそ鈍重だが、力がめっぽう強いはず。奴らの振るう棍棒は、あまり品質が良くない王国製の剣くらいならへし折ってしまう。立ち向かっても勝ち目はないからうまく逃げてくれればいいんだが……そう思った途端、まだ少年のような兵士の一人が、倒木に足を引っ掛けて転んでしまった、これはやばい。風魔法使いの女性たちも木を切り倒すために全力で魔法を撃ったばかり、すぐには援護できない。


「任せてっ!」


 はつらつとした高めの声が響いたかと思うと、少女の姿をとった光の塊が、倒れた少年に向かって一直線に突進してゆく。


 恐らく丸太の皮むきでも手伝っていたのだろう、その手にはナタが握られており……彼女がそれを一振りすれば、今にも棍棒を哀れな男に振り下ろそうとしていたオークの右腕が宙に舞う。返す刃でもう一体の首を横薙ぎにすると、まるで昭和の大ヒットおもちゃ「黒〇げ危機一発」のようにポーンと魔物の頭部が跳ね上がって飛ぶ。


「ううんっ! やっぱり、慣れない武器はダメね!」


 手にしていたナタをポイと投げ捨てたグレーテルの姿に、残ったオークが下卑た笑みを浮かべた。魔物たちの目には、武器を捨てた彼女が戦いを諦めたように見えているのかな。奴らは人間の女を捕まえると子供を産ませる道具に使うというから、すでにそんなシーンでも頭に浮かべているのだろう。


 だが、豚頭の魔物風情に、彼女の真価が理解できているわけもない。グレーテルは剣も槍も、弓まで使いこなして戦えるけれど、最も得意とするのは光のオーラをまとわせた身体そのものを武器とする、肉弾戦なのだ。


「はあぁっ!」


 鋭い気合の声とともに、目にも止まらぬ速度で踏み込んだグレーテルが、プラチナ色の光をまとう拳をオークの脾腹に一発叩き込むと、魔物の胴体に文字通り風穴があく。学生の頃男どもみんなで回し読みした「北〇の拳」をほうふつとさせてくれるシーンだ……今度彼女に「お前はもう〇んでいる」なんて台詞を覚えてもらおうかな。


 そんなおバカな想像を頭に浮かべられるほど、グレーテルと魔物の戦いは一方的だった。次のオークは惚れ惚れするほど美しいハイキックを喰らって頭蓋が砕け、最後の一体が振り下ろした棍棒は、彼女のすらりと長い脚が一旋したとたん粉々に砕け、魔物そのものも続いて放たれた前蹴り一発で地面に沈んだ。


「ふふっ、久しぶりに暴れたわね。やっぱり人間相手だと手加減しちゃうから……ねえルッツ! 私の戦い、どうだった?」


 少しほつれたストロベリーブロンドをさりげなく直しながら振り向くグレーテルは、飛び切りいきいきとして見える。やっぱり彼女の本質は貴族のお嬢様なんかじゃなく、一人の戦士なのだろう。


「うん、やっぱり君は、戦う姿が一番綺麗だね。目が離せなかったよ」


 それを聞いた途端、グレーテルがひとつ大きく息を吸いこんだ。その頬は紅潮し、表情が喜びに満ちる。そんなに大げさに反応しなくても……俺は素直に感想を言っただけなのに。そして光のオーラをまとったままの彼女がすっとんできて、俺をがしっと抱き締める。


「やっぱり大好きよ、ルッツ!」


 その腕は万力のように俺を捕らえて放さずぎゅうぎゅうと締め上げて……もう肋骨が折れるかと思ったぜ。だけど今日は何とか頑張って、いつぞやのように失神しないで済んだ。これって、喜んでいいことなんだよな?


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