第101話 働く幼馴染

「はあっ!」


 少女特有の高めトーンで気合の声が一つ掛かるたびに、成人の胴体くらいもある太い幹が両断され、次々と倒れてゆく。


「最初からこうすればよかったんだわ。皮むきはさすがにちょっと退屈だったのよね」


 すでに数十本の樹木を切り倒した幼馴染が、俺に向けてドヤ顔をして見せる。その手には、銀色に輝く特製の斧。まわりにはすでに数十本の樹木が倒れている。


「ごめんな、『英雄の再来』様に木こりの真似させちゃって」


 俺が謝ると、グレーテルはグッと薄い胸を張った。


「こっちの方が私にぴったりね! 後方で待機してるなんて性に合わないわ、私は常に最前線にいないといけないのよ」


 口調は高飛車だが、言っていることは全く正しい。樹木の伐採が常に魔物襲撃の危険にさらされている以上、普通の木こり男たちにちまちま伐らせるわけにはいかない。先日のように風魔法使いをずらっと並べて離れた位置から切断するのが一番安全だけど、彼女たちがみんなグレーテルやベアトのようにたくさんの魔力を持っているわけではないのだ、一日に切り倒せる本数は限られている。


 ならば、圧倒的な魔力と身体能力を持つグレーテルが、自ら斧をふるえばよい。彼女が光属性の魔力を流した斧をひと振りすれば、どんな太い幹だってスパっと両断される。三十分ばかりも気持ちよく得物を振り回せば、百本やそこらは伐採が可能なのだ。


 加えてこれなら、魔物たちも効率よく討伐できる。奴らを追い回して倒すのは大変だが、奴らの住処である森を派手に削り取る彼女の姿を見て襲ってくるのを迎え撃つなら、うんと手間が省けるというものだ。斧での戦闘は必ずしも得意とは言えない彼女だが、近接戦闘でありさえすれば得物が多少変わろうとほぼ無敵なのだ。魔法を使う敵が出てくると厄介だが、まだこの辺は森の外縁部、そこまで面倒な強敵はいない。


「それにこの斧、魔法使いが振るうことを前提として造られているじゃないの。こんな特注品を準備してくれてたんだから、最初からこのやり方が一番いいって考えていたんでしょ? ルッツは私の近接戦闘能力を信じてくれているから、好きよ!」


 まあ、実のところそうなんだ。俺は開拓の計画を練り始めたときから、彼女を最前線に立てる構想をもっていた。だから王都一番の鍛冶師に頼んで、柄までオール魔銀製という魔法戦士向けの特製斧を誂えたってわけだ……普通の鋼を使った斧じゃあ、グレーテルの良質の光魔力が十分通らないからな。木こりが一生働いても贖えない超高価な特注品の斧がポンと出てきた段階で、俺の考えが彼女にバレるのは当然のことだけど……こうやって許してくれるのも予想済みさ。俺としては一番危険なところに婚約者を立たせることにものすごく抵抗感があるのだけど……むしろ彼女としては「己の強さをパートナーが信じてくれてる」ってポジティヴに捉えてくれているらしい。


「だけど、さすがにこれだけ倒すと、魔力がかなりもっていかれちゃったわね」


「お疲れ様、今日はもう休んでくれよ」


「そうじゃないでしょ? ほら、ルッツが今、するべきことがあるはずよね?」


 何だか不気味な圧を放射しながら、グレーテルが俺を備品用の小さな天幕に引きずり込む。まあ仕方ない、やるしかないか。


 その頬に触れると、彼女がまぶたを閉じる。首の後ろに腕を回しながらゆっくりと唇を触れれば、いつの間にか俺の背中に回された腕に、ぐっと力がこもる。どちらからともなく唇を開いてお互いを探り合えば、その腕がぎゅうぎゅうと身体を締め上げてくる……最近ようやく彼女も手加減と言うものを覚えて、失神することはなくなったけど。


 こんなに密着してしまうと、ささやかなふくらみが胸に当たる刺激で、つい俺もあらぬところを元気にしてしまう。当然それも彼女に気付かれているはずで……この猿め、と呆れられちゃうかなとビクビクする俺だけど、背中に回った腕の力がますます強くなるのを感じて、少なくとも嫌がられてはいないのだと安心する。


 こうしている間にも多分、モバイルバッテリー能力を持つらしい俺からグレーテルに魔力が流れ込んでいるはずなんだけれど、何回目になっても自分ではその流れが全く感じ取れない。これはなかなか困ったことなんだ……だっていつまでキスし続けないといけないのかわからないんだから。結局のところ、彼女の方が満足して唇を離してくれるのを、ただ待つだけになっちゃうんだけどな。


「ぷはぁ……やっぱりルッツの魔力は美味しいわ。あと二百本くらいなら軽く伐り倒せる気がする」


「あまりやり過ぎないようにしなよ」


 そう、ここには他にSクラスの光属性魔法使いがいないからまだいいけど、魔力の無限ぶりを大っぴらにし過ぎると、何か秘密があると気付かれてしまいかねないからなあ。


「そうするわ。今日切り拓いたところを整備するのにも時間がかかるだろうしね。後は材木運搬や整地作業する人たちを護衛する方に回るわね!」


 そう答える少女の瞳は銀色に輝き、声は弾んでいる。


「楽しそうだね。グレーテルにぴったりの仕事だもんな」


「そうね、自分にふさわしい役割を得て賞賛されていることは嬉しいわ。でも私が一番喜びを感じているのは、今この場所でルッツを独り占めできていることなのよ」


 そう言ってぽっと頬を染めるグレーテルが、やけに愛しく感じられてしまう。確かにベアトとアヤカさんが王都に残り、闇一族のお姉さんたちが全員めでたく懐妊した現在、ここバーデンで俺に寄り添ってくれる女性はいないからなあ。十五歳で成人を迎え、種付け業務も大っぴらに解禁になる俺だけど、ベアトから新たな種付け指令は来ていないし……そんなわけでここんとこ「する」機会もなく、グレーテルのスキンシップに無駄な興奮を覚えてしまうことも増えてしまった、我ながら猿並みだ。


「私が相手してあげられたらいいけど……結婚前にしちゃったら、ベアトお姉様に叱られそうね。我慢しなさい!」


 お願いだから、からかわないで欲しい。本当に辛いんだから。

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