第102話 やっと来てくれた!

 今日も今日とて森の開拓作業だ。グレーテルが斧を振るい、帝国と公国の混成魔女たちが風魔法を操って切り拓いたところに、土属性魔法使いが切株を掘り起こして整地する。


 男どもの仕事は彼女たちが伐り倒す丸太や、邪魔な切株や大石を運ぶくらいの地味なものしかないのだけれど……ちょっとした休憩時間なんかには、魔法使いの女性と力仕事部隊の男たちが、和やかに談笑したり肩をたたき合ったりするシーンが、あちこちで見られる。マックス率いる混成部隊の中では、確実に男女の仲が接近しているよな。元世界でもそうだったけれど、共通の目標に向かって協力して働く仲間ってのは、やっぱり一歩進んだ関係になりやすいってことらしい。


 加えて集団のリーダーであるマックスが、夜ともなるとあちこちにかがり火をたいて、ちょっとワインなんかも用意して男女が仲良くなれるようなイベントを仕掛けているらしい。軽妙な弦楽器の音に合わせフォークダンスみたいな田舎風の踊りなど楽しんでいる賑やかな様子が楽しそうだが、俺が顔を出すわけにもいかないからなあ。


 ま、そんな楽しい奴隷生活は、マックスのグループだけだ。


 あと二つのグループは男だけ。衣食住はもちろん不自由ないように配慮しているつもりだが、お楽しみまで用意してやるつもりもない。混成グループの魔法使いたちと違って、彼らはベルゼンブリュックに残ってもらいたい人ではないのだから。彼らにはマックスたちが切り拓いた土地を耕し種をまき、用水路を引いたり魔物除けの土壁を造ったりといった仕事を与えているけど、腹いっぱい食えているからか、今のところ不満は出ていないようだ。


 まわりに女性がいる混成部隊をねたむ奴がいるかと心配していたんだけど、むしろ「前線で危ない仕事をさせられるよりこっちの方が……」という男の方が多いみたいなんだ。この世界の男は全般的に無気力で、ラクな方に流れる奴が多いのが、昭和気質の俺としては気になるところだ。ちょっと危険でも女性をゲットするために頑張ろうとか、思わないのかなあ。


「思わないでしょ。この世界の男は『女をゲットする』んじゃなくて『女にゲットしてもらう』生き物なのよ」


 思わず考えを口に出してしまった俺に、グレーテルがこんなことを言うんだ。なるほどなあ……まあ俺と彼女の場合も、プロポーズはグレーテルからだったしなあ。


「でも、王宮でルッツから『生涯一緒にいて欲しい』って言われたのは、とても素敵だった。あの言葉は、一生私の宝物になるわ」


 俺の心臓が、大きくどくっと脈打つ。この幼馴染は、なんて可愛いことを言うんだよ。昭和日本人の感性にもばっちり刺さるそんな純愛フレーズが、あの粗暴なグレーテルの口から出るギャップに、余計萌えてしまうじゃないか。


 思わず抱き締めようと手を伸ばしたその時、彼女は眼光をマジなものに変える。


「だから一生、私はルッツを縛るわよ。裏切ったら……わかるわよね?」


 うわ、怖ええ。ツンデレがヤンデレになりやがった。前言撤回、やっぱりグレーテルはおっかないぜ。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 その日も開拓は順調だった。もうすでに四十町歩……おっと四十ヘクタールほども伐採が進み、その半分ほどが耕地に変わっている。ちなみにこの世界、メートル法がほぼそのまま使えるご都合仕様だ……確か中世ドイツは、ルーデとかモルゲンとかいう単位じゃなかったかと記憶しているが、そのへんは元世界のそれとは違うらしい。二年目からは国の支援物資が当てにできないが、このペースで耕地が増えれば、何とかなりそうだ。


 仮住まいになっている大きなログハウスに帰ってドアを開けると、漂ってくる香りにグレーテルが不思議そうな表情をした。だが俺には、この匂いの記憶がある。昭和の味覚をもつ俺の胃袋をぎゅっと鷲掴みにするこれは……


「味噌か!」


 魔道具コンロの上にかかった黒鉄色したデカい鍋の中では、豚か猪みたいな肉がぐつぐつと煮えており、なんか豆腐みたいな白い塊や、シラタキみたいな透明色の麺がアクセントを添えている。傍らの大皿には白菜と、春菊みたいな野草が盛られて投入を待っている。そして具材を包み込んでいるダシ汁は、俺のよく知っている味噌の香りをぷんぷんと放っていて、食欲をそそる。


「ミソ? それ何?」


「俺が元居た世界で人気があった調味料なんだ。豆を発酵させて造ったものでね……グレーテルにはなじみがない匂いだから、苦手かも知れないけど」


「あら、私はこの匂い、好きよ? それに、大好きなひとが故郷で食べていたものなら……私も好きになれると思うわ」


 また、心臓が大きく脈打つ。なぜって、今の言葉は何気ないデレのように聞こえるけど、明らかに俺が異世界人で、幼馴染のルッツ君じゃないと認識した上でのデレなんだから。幼いころから一緒に遊んだルッツ君の身体を奪った、中味定年ジジイである俺の人格を、好きだって言ってくれてるんだ。思わず嬉しさに、彼女を抱き締めたくなる。


 だけどこの状況で、グレーテルを愛でるわけにはいかないよな。この中世ヨーロッパのような異世界で、あたかも日本の牡丹鍋のような料理を出せる人たちと言ったら、闇の一族しかいない、そしてわざわざ俺にそんなものを食わせようとしてくれる女性は……


 厨房の方に続くドアが音もなく開くと、東方風の衣服を身に着けた黒髪の女性がすっと姿を現して……木材床だというのにすうっと自然に正座して、きちんと三つ指をついた。そして黒く深い瞳が、まっすぐこっちを見つめる。


「ルッツ様、マルグレーテ様、お久しゅうございます」


「アヤカ!」「アヤカさんっ!」


 そこにいるのはもちろん、俺の大事な婚約者だった。

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